じりじりと焼け付くような焦燥感に冷や汗をかく。
いかにも戦闘に適した大広間では、絶え間ない魔術の応酬が繰り広げられていた。
応酬というより防戦一方。二人して攻撃を相殺するのが精一杯だ。
対して相手は、外敵を排除するため淡々と詩を口ずさんでいた。傾いた鍔広の三角帽子からは、感情が読み取れない。
どちらにせよ、こちらが消費するのは目に見えていた。
「どうすんの!これ!?」
「僕が隙を作ります。後は最大火力でよろしくっ」
「はっ!?ちょっ......!」
言い終わるや否や右手側に飛び出したマルクに静止の声は届かない。
それを追うように相手は攻撃を左に集中させ始め、一時的にこちらへの攻撃は止んだ。
彼はといえば、軽やかなステップと魔力の障壁を巧みに駆使して難なく攻撃をいなしている。
流石自己紹介で特技に死なない事と答えただけはある。ちなみに彼は能力強化を得意とした付与魔術師だったりする。後衛とは何ぞや。
魔法による最大火力の一撃必殺、物理攻撃を持ち合わせていない私達が出来る最善手。当然事前に決めた作戦通りではあるのだが、それで上手くいくか否かは甚だ疑問であった。
学生の頃彼らと一緒に奴に挑んだ時はどうだっただろうか。
能力低下耐性。そんな私特攻のような性質を持つ奴との戦闘では足手まといだったような――
「僕は元から無力だったんですよ。過去の栄光なんてのはなくて、ずっと僕は僕だった。光でも闇でもなく」
ふと、今現在奴の隙を伺っている少年の言葉が頭に過った。
「過去の栄光なんてのはなかった、か......」
過った言葉を再度口に出し、にやりと笑う。思い出した、何もかも。
何故私が冒険を離脱したのかも、あの日の戦闘の事も、私に力なんてしょうもないものが要らない事も――!
「星示すは祖の奔流。光羽ばたき、闇墜ちよ!『原初の星灰(オリジン・マギア)』!!!」
手にした杖から放たれたその名に違わぬ力の奔流は大広間ごと敵を蹴散らした。
上階へと続く階段までの道を塞いでいた扉は無惨にも原型を留めておらず、開く手間が減ったのはここだけの話である。
「光と闇の狭間で」
地下迷宮四階層『光源洞窟』
「どーすんの、これ」
「どうしようね、これ」
パラパラと舞い落ちる埃に、不自然に形を取り戻していく天井を二人で呆然と見つめる。
強制的に一階層下に落とされる超古典的な罠、落とし穴に引っかかったのである。二人して。
そろそろ昼食を、と焚き火の用意をしていた仲間には当然申し訳が立たないが、今はまず合流することを考える方が先決だろう。
そこで問題となるのが、階層の行き来を阻む外敵種である。しかも三階層と四階層を塞ぐ敵は、相性の悪い事に能力低下耐性を持ち合わせている。
過去の戦闘でも、特に足でまといだったのを覚えている。
「取り敢えず、階層付近まで行こう。戦うかはそこで決める」
地図を広げて、その場へ向かう。それほど遠くもない距離が、今は異常に遠く感じた。
「距離」
日の出も見飽きた時間帯。地下迷宮入り口の目と鼻の先で待ちぼうける。
先日冬を知らせた初雪は、整備された石畳に溶け見る影もなくなっていた。
すぐ近くに立っている銅像は、この迷宮を踏破したパーティのもので皆見慣れた顔だ。1つ、2つ、3つ。
4人を基本とするパーティとしては不自然な数に少し遠い目をする。
逃げたのは私だ。私には彼らほどの才能も無ければ、彼女程の努力も出来なかった。
耐えられなくなったのだ。彼らとの実力差に。
しかし、彼らが特別私を咎めることはなかった。そうして、卒業後自然と疎遠になっていった。
ーー泣かないで、ほら一緒に行こう?
幼い頃迷宮内で迷子になった私に、そう言って優しく手を差し伸べてくれたのは彼だった。結局、その恩すら返せた気がしない。私に実力があれば。
「おはようございまーす」
何度目かのため息を吐ききった頃。少し遠くから声がした。
藍色のブレザーを着た二人組。今日の待ち人、アルト君とマルク君だ。
干渉に浸るのはここまでにしよう。地下迷宮は遊びじゃない。
「泣かないで」
カウンターで適当な討伐依頼を見繕ってもらい、簡易用紙一枚を手にそのまま酒場をあとにする。
幸いそう難易度の高いものでもなく、会ったばかりの後輩二人に恥を晒すことは無さそうだ。
外に出れば空は暗くなりはじめており、加えてちらほらと雪が見えはじめていた。
「ねぇ、明日にしない?この依頼」
ひらひら、と渡された用紙を手に気だるげに振って見せれば、確かに〜と同じく気だるげな声が返ってきた。
意外にもそれを咎める事なく、慣れたように話は明日の集合場所と時間の相談へと移った。アルト君曰く、こちらの方が寧ろ話が早いらしい。
しれっと私も彼の連れであるマルク君と同じ扱いを受けている事に疑問を抱きながらも、一人帰路についた。
「もう冬かぁ」
少しずつ存在感を増してきた雪を遠目にぼそりと呟く。
冬のはじまりは初雪から、なんてことわざのあるこの地域では正に今日がそうなのだろう。
雪に降られまいと足早に寮へと向かう私の足は、気づかぬ間に軽いステップを踏んでいた。
なんとなく、寒くて閉ざされた季節のはじまりに、雪解けの未来が見えた気がしたから。
「冬のはじまり」
酒場にて初対面の少年二人と依頼の作戦会議を始めることにした。
一見この場に制服は似合わないように見えるが、案外ここではザラであったりする。
流石、裏で酒場より何でも屋と呼ばれるだけのことはある。ちなむと、表で呼んでいた奴は揃いも揃って行方不明になった。もはや怪事件の域である。
「そういえば、自己紹介してなかった!レミンです!よろしく!」
会議に入る前に改めて自己紹介を交わす。彼らの名前はそれぞれアルトとマルクというらしい。話しかけてきた方が前者で、背の低い方が後者である。
長きに渡った話し合いの結果、両者依頼の評価を重視し、かつ危険を伴い過ぎないものを選別することとなった。具体的な内容がない為半刻も経ってはいないが。
「最低でも三階層以下の魔物の討伐か、大丈夫かな...アーメン......」
「逃げ足だけは任せてください」
「まぁ、最悪俺が倒すんで援護だけでもしてくれたら」
早々に戦闘離脱宣言が出た所でカウンターで呼び鈴がなった。
二人と顔を見合わせ三人同時にに立ち上がると、そのままカウンターへと向かうこととした。
その途中横から、勝手に人の冒険終わらせるなよ、等というつぶやきが聞えたが、初手で逃亡宣言した君よりはマシじゃない???という純然たる公平で清純な疑問は返さないであげた。偉い。
「終わらせないで」