会話の途中で突如訪れる静寂。そんななかでふと、この気持ちが「愛情」なんて綺麗で透明で揺らぎない感情ならどれ程よかったのだろうか、と考えてしまった。
普段行き交う生徒を見ることは有れど、こんなに真近で見たのは久々だ。話をしたのはもっと前だろう。卒業して数年でこんなにも輝きを失ってしまったのか、と彼らと話していると驚きに尽きない。
私も彼らのように輝いていた時は綺麗な「愛情」を抱けていたのだろうか。
そんな、人に話す事でもないようなことが溢れそうになった時、タイミングよく少年が手洗いから戻って来た。
「すいません、今戻りました」
「お、お帰り」
この子といると、なんとなく独白したくなる。一人で布団に包まれた時に自分同士で交わす会話みたいだ、なんて言ったらまた怪訝な表情をするのだろうか。
そんな疑問は喉の奥にしまい、作戦会議に移ることとした。
「愛情」
「意外だな......もっと喋らない人かと思いました」
談笑中、酒場に似つかわしくない背丈の低い少年がぼそりと呟いた。
待ち人は依然裏のバックヤードから帰って来ず、もう一人いた少年も今は席を外している。
「心外だなぁ。私はこんなにもコミュニケーション強者だというのに!」
「そっすか」
周りが騒がしい環境のため、今だ!と少し芝居がかった反応をしてみたが、実に素っ気ない返答が返ってきてしまった。悲しい。
それと喋らないほうが楽だったのに、とか言うのは辞めなさい。私が困るんだわ私が。もう一人の少年が居なくなってからの空白数分がどれ程辛かったことか!話を切り出さなかった私も悪いけどね!
少年と同時にグラスを手に取り口に運ぶ。あまり喋らないのはお互い様、というのは共通認識らしい。こういうテレパシーじみた感覚の共有は嫌いじゃない。
「この酒場、良いですよね。微熱に浮かされたような気分になれる。まるであの時みたい」
「あの時?」
グラスを机に置いた少年が徐ろに口を開いた。
自然と聞き返した私に少年は、僕が元々無力だったのを思い出した時です、とはにかんだ笑いを溢した。
その瞬間、なんとなく私も微熱のような高揚感を感じた。
まるで心の中のピースが埋まったような、昔の力を取り戻したような、そんな気分に包まれた。
「微熱」
「さっきの依頼、ご一緒しても良いですか?」
酒場でぼーっとしてると、突如二人組の少年に声をかけられた。
一瞬困惑したが、彼らの洋装からなんとなく察しはついた。胸元に目立つ校章が誂えられた学生服。学徒に不釣り合いな酒場での勧誘。
「『応急戦闘実習』の授業か!」
「話が早くて助かります」
伊達に私もその門を潜っていない。確か、交流がない人と臨時的に共闘を強いられた際への対処法を実習的に学ぶ。とかいう不人気投票ぶっちぎりの授業だったはずだ。
当然当時私も非常に嫌いだったものである。早く無くせよその授業。
それからしばらく待ち人が来るまで雑談をして過ごした。
敬語でかちこちな会話が崩れた理由と原因が学校の愚痴大会だったということは秘密にしてもらおう。
なんというか、まるで太陽の下で過ごしていた過去の私自身と話している気分だった。
......別に指名手配されてたりはしないので安心して欲しい。
『太陽の下で』
「はい、いつものね」
ことり、とグラスの置かれる音と共にはっ、と顔をあげる。注文していたジンジャエールが届いたらしい。
騒々しい店内は活気が止むことなく、まるであちらこちらで反響しているみたいでなんとなく楽しい。
仲間内でわいわいと酒を盛る時間はさぞ、楽しかろう。パーティを組むことの良さは卒業までに散々叩き込まれたつもりだ。......私の不甲斐なさも。
今の私にはパーティではなく、実力が必要なのだ。彼らに見合うほどの実力が。
「すいません、さっきの依頼ご一緒しても良いですかね?」
「はっ!え......?」
ジンジャエールをつまみに回想に浸っていた私は突如声を掛けられ現実に戻された。
顔をあげると、そこには制服のブレザーの下にセーターまで着込んだ青年と、同じくブレザーを着用した背の低い少年がいた。
一瞬ナンパ関連かと思ったが、そうではないらしい。でなければ横にいる少年がこんなにも愕然とした表情をすることは無いだろう。
「お前、まじかよ......」
飲み込むことが出来なかったらしい少年の言葉は青年に届いたのか否か、店内の騒音に消されていった。
『セーター』
管理人のレオルさんから預かったメモ用紙片手に右へ左へ、小慣れた動きで複雑な路地を抜け目的地に辿り着く。
酒場「白の憩い」レオルさん行きつけの酒場であり、酒の提供以外にも素材や武器の売買、依頼の受注なんかまでしている。寧ろ何でも屋だろという意見は当然禁句である。コンマ数秒のうちに店の外に放り出された少年など私は知らない。
少しドアを開けばそれまで隔絶されていた声が路地裏へと響く。今日は繁盛しているらしい。
「いらっしゃい、今日もおつかいか?」
カランコロン、と小気味いい音を響かせて己の役割に戻ったドアを背に、カウンターにいるマスターに預かった紙片をひらひらと振る。
それを見たマスターは待っていた、と言わんばかりの顔で何やら調合していた手を止め、徐ろに立ち上がった。
「珍しいな、3人用の依頼とは。まぁちょっと待ってろ」
「はい?」
マスターは紙片を眺めて少し驚いたような声を出すと、素材を取りにバックヤードに入っていった。
「3人用......?」
嫌な予感がした。依頼の達成がおつかいの内容に入っているのはなんら変ではない。レオルさんが課題と称して時々出すのだ。
彼を師事している手前、修行の一環だと言われれば断りようがないし、わざわざ断るつもりもない。
しかし、3人用となれば話は別だ。当然難易度は急上昇し、私一人で容易く達成できるものではないだろう。容易くとある川の対岸に辿り着きはするだろうが。
「誰かと組まなきゃなのか.......」
マスターが帰ってくるまでの間、思考すればするほど私の気分は落ち続けていった。
『落ちていく』