一昨日運良く手に入れた新聞紙を片手に外門を潜る。
いよいよかと意気込まずにはいられない。
送別の街「ベルエスク」
この街には、東西を隔てるように開いた大穴が存在する。
当然、好奇心に駆られた結果帰ってこなかった者も少なくはないのだが、この街の二つ名とは関係が無いというのもまた驚きだ。
地図上の理由で、この街を終着点または中間点とする者たちが多いらしい。
実際、近くの酒場へ向かう道中にいくつかのパーティが解散するのを目の当たりにした。
解散を惜しみ道端で話し込む者、反対に明日にまた約束があるかのように平然と別れを告げる者。
自身はどうだっただろうかと考えずにはいられない光景だった。
「待ってるからね」
ふと聞こえた言葉が、過去の記憶と重なった。
声がした方を振り返れば、当然知らない者達が集まっていて。彼らはその一言のみを残し、颯爽と二手に分かれていった。
最後に声を発した者の横顔は、復帰を疑う余地すら持たない程に晴れやかで。彼らの事情は知らずとも、彼らの絆と信頼がみてとれた。
そんな一部始終を見た気になった私は、もう一度心の中で覚悟を決めなおし、改めて歩を進めることにした。
今別れた彼らとは別の方向へ。
「別れ際に」
帰りたいな......と今日何度目か分からないため息を吐きつつ、ぼーっと電車に揺られる。
期待なんて一欠片もなく、不安だけが渦巻く状況でふと動画アプリに手が伸びる。
「それは失ったのではなく我々は元々ゼロ、所謂虚空だったという話でございます。」
アプリを開いた瞬間に動画が再生され、流暢に話しだす声が聞こえる。もちろん電車内であるため音は切っている訳だが、毎日暇な時と再生してきた彼の声は字幕を辿るだけで脳内に奔りだす。
暫くして電車から到着の合図が鳴り、それに続くようホームに足をおろす。
好きではない事など世の中に余るほどに存在している。この苦行も所詮その一種に過ぎない。持っていたと考えるからダメージを受けるという彼の言葉は案外的確なのかもしれないな、などと適当に脳内会議を締めくくり歩を進めることとした。
「好きじゃないのに」
薄暗い雲が覆う外の世界と隔絶された大講義室にひそひそとした話し声とシャーペンのはしる音がこだまする。厳かな雰囲気を醸し出す教壇には誰もおらず、代わりに黒板には大きく自習の文字が飾られていた。
次の講義に向けたとは名ばかりの調べ物を強要させられる、正直言って意味の分からない講義。ならいっそのことなくせ、という意見はおそらくここにいる全員の主張であろう。
ネットが発達した昨今。調べ物にかかる時間はそれほど多くなく、大半の生徒が机と熱い抱擁を交わしている。
かくいう私も声を出すのが憚れる空気を前に手持ち無沙汰を極めていた。
こういう時に限って良いお話が思いつかないのは世の常らしい。
暫くして本格的に机との親交を深めるべきか悩み始めたその時、カバンの中にしまってあったスマートフォンから知らせが届いた。内容は成人式に行くかどうかという友人からの問い。
特別会いたい友人もいないから行かない、そう打ちかけたところでふとある旧友の顔が頭に浮かんだ。
彼とは中学卒業以来一回も連絡を取り合っていない。卒業時に連絡先は貰ったが勇気が出ず、この体たらく。
彼もまだお話を書き続けているのだろうか。そんな疑問を背に思うように進んでくれない時計の針を睨みつけた。
「時計の針」
けたたましく鳴るベルの音にゆっくりと意識を浮上させる。
一瞬視界に入った見慣れた天井に、振り子の如く瞼が閉じる。
「ハッ!やっばい!遅刻じゃない!?これぇ!!?」
閉じきった瞼と頭が急激に覚醒していく。ばっ、と振り返った時計の針はとうに起床予定時刻を過ぎていた。すぐその隣には置き手紙付き。
『おーい、起きろー!!良し、起こしたからな〜』
「ぶっ飛ばすぞてめぇ......!」
先に起きた筈の友人への怒りを手紙を破り捨てる事で発散し、流れるように身支度を済ます。
起こすように頼んだ筈の友人の所業に腹が立つ事は有れど、遅刻したのは自分だ。
致し方なし、閉まる扉を背に足早に目的地へと向かうこととした。
「ベルの音」
いつも通り学校へ行く身支度を済ませ、ダラダラとスマホ片手に朝食をとっていた私は突然の情報にその手を止めた。
カラカラッと無機質な音を立てて右手から零れた箸は、床に転がることなく机の上で静止する。
「引退......?」
思わず口から溢れた声は誰に届くでもなく消滅した。早く食べちゃいなさい、という母親の声をよそに暫くその目が画面から離れることはなかった。
いつもは慌てる始業10分前を告げるチャイムも今はまともに入って来なかった。和気藹々とした下駄箱は今の鬱屈とした心情とは一ミリたりとも合致しない。すぐ離れようと足を早めた次の瞬間、私を呼び止める声がした。
「おはよう!ーーちゃん!」
何の変哲もない友人の声。つい窯から溢れそうになった引退の話題をすんでの所で止めることに成功する。彼女は彼のファンではない。そもそもその箱にすら詳しくなかったはずだ。
無理に共感を覚えて欲しい等とは思っていない。私だって知らないジャンルのアイドルが引退した所で同じようには共感出来ないだろうし、してほしくない。
だから私はいつも通り、何でもないフリをした。
「何でもないフリ」