めしごん

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4/7/2024, 10:51:29 AM

沈む夕日



雪解けの精霊、キャストペリンと会えるのは一年に一度、雪が溶ける頃、日が昇る間から日の落ちる間まで。
草原の灯火、草の露から生まれる妖精達、太陽と月の逢瀬、隣の谷で山羊が三つ子を産んた話、幼なじみの恋の話、村の大人しいおかみさんがろくでなしの旦那をついにぶちのめした話、これから向かうという北の国の話、空の上でそれらをたくさん聞いて、たくさん話して、話の尽きる頃に二人は再び日の落ちる草原に舞い降りる。
足の裏が牧草を踏みしめる。体の重みを感じてシーカシーナは無性に泣きたい気分になった。

「また来年、ね。」
「うん、また来年。待ってるからね」
「わかったよ、僕のそばかすさん」

待っててね、額と額を合わせて囁く友人に、シーカシーナは涙を止め、ぐいと唇の両端を上げて強気に笑う。

「もちろんよ。嫁に行かないでずっと待ってるから、絶対に来てね。わたしの大事なお友達」
「おっかないなぁ……」

困ったように笑って、でも、僕の事は忘れて嫁に行っていいんだよ、とは言わない友人にシーカシーナはふふんと笑いながら強く鼻息を吐いた。

4/7/2024, 12:48:39 AM

君の目を見つめると



その日貧乏牧師のリンカーンは、お貴族様に口説かれていた。空高く晴れ村の子供達の笑い声が響く善き日、毎度の事である。寄進にかこつけ教会を訪った放蕩貴族のオルフェ・カーランドは、説法をねだり午後のお茶をねだり粘りに粘ってリンカーンを独占している。

(はよ帰れ、この変態貴族が)

寄進を断れないこの貧乏生活が憎い。
天井の雨漏り、軋む床、斜めに傾ぐ窓、冬の薪代、手炙りに使う炭に日々のパンにオイル代インク代、修繕箇所や支払いなどいくらでもある。

「本当にあなたは付け込みやすいなぁ」
「何だと」

このろくでもない日々はもう二年にもなる。
すなわちオルフェがお茶を飲みに来るようになって二年なのだが、絵に描いたような耽美で艶麗な貴族はこの清貧を謳うオンボロ教会に未だに馴染まず、みすぼらしい背景から浮きまくっている。
その浮いているお綺麗な貴族様は椅子から立ち上がり、蛇のような動きでリンカーンを壁際に追い詰める。逃げ場のない距離にリンカーンは冷や汗をかいた。

「戯れはよしてください、カーランド大公令嬢」
「間違うなよ。私は大公令嬢ではない、大公だ」
(うるせー!わざとだよ!)

貧乏の他に、リンカーンが強く出れない理由がふたつあった。オルフェ・カーランドが、このカーランド公国の押しも押されぬ大公殿下であること。同時に、この国中の娘達が夢に見るような麗しの貴族子弟としか思えない彼は、この国で最もどうしようもなく男装が似合う長身の子女だからだった。

「たまには貴族の子女らしい格好をしたらいかがですか、大公殿下」
「そうしたらあなたは私を見てくれるかな?」
「……また戯れを仰る」
「逃げないで」
(逃げるわい!)

リンカーンは心の中で絶叫した。
壁際に追い詰められ、顔の横に手をつかれ、口づけのような距離で囁かれて、リンカーンの心臓は今にも爆発しそうだ。

(なんて目で俺を見やがるんだ)

まるで夜の底を彷徨う蛇だ、毒の籠った、同時に欲情の熱で焦げた眼差しに胸を抑えていると、オルフェは艶めいた唇で悩ましげに呟いた。

「その顔やめてくれないか」
「何だと、」
「なんだか生娘を犯してる気分になる」

とんでもない台詞に先程までのときめきも忘れて、リンカーンは真っ赤になり、目をひん剥いて怒鳴り散らした。

「ふざけるなこのクソタラシめがーー!!!」

4/5/2024, 1:13:34 PM

星空の下で


草原の夜明けの雫から産まれた命の幾つかは、空に昇って金銀の煌めきへと変わる。
ねぇまた夜の女王の元に太陽の大君が罷り越してるよ、大君のご寵愛は毎夜の事だよ、女王の腕の中は余程心地いいとみえる。フン、以前のように夜毎日毎でないだけマシだね、遠い昔は溺愛が過ぎて世界から昼がなくなっちゃったんだからさ。
星々の無邪気なさざめきに、古森の魔女は苦笑した。

「まったく、新しい子達はきらきらぴかぴかうるさくて慎みを知らないね」
「姑みたいな事を言ってやるなよ。嬉しいんだろ、空に昇れて、女王の裳裾に侍れてさ」

夜の女王の豪華な裳裾が翻る度に、星々は身体を震わせさんざめき、きらきらと地上へと金銀の砂子を零す。
古森の槐の木のてっぺんで、大きな壺を抱えたオーレンは夜空から零れる星砂を受け止めながら魔女に笑った。

「星が騒ぐからこうしてお前さんの薬の素も採れる、いい事じゃないか」
「まぁね」

星が騒ぐ夜に零れる星砂は魔女の秘薬のひとつになる、壺を槐の太い枝に括りつけてオーレンはヒシと幹に抱きつくアンジェリカに手を差し伸べる。

「一人で降りれるか?魔女どの」
「うん、…うん、無理かも」
「だろうな。まあそのために俺がいるんだ、存分に頼ってくれ」

槐の木のてっぺんでオーレンの太い腕に抱き止められて、奥手な魔女は女王の裳裾でさんざめく星々に負けないほど身体を震わせ、顔を真っ赤にした。


4/4/2024, 11:47:25 PM

それでいい



「リース飾り出来たぞ!」
「こっちにあと4つちょうだい」

小さな金色のベルともみの木の栞、それを針金入りの紐で括って、古い黒電話の受話器部分にキラキラしたリボンで結びつける。リボンの色は赤。

「世界中の子供からの願い事を聞く電話だ、慎重にな」

そうは言われたものの飾りを括らなければならない台数が多過ぎて、まるで戦場だった。
前準備してなさすぎ!隣の相方は鼻歌で「戦場のメリークリスマス」を歌っていた。あれ、案外余裕じゃない?

「終わったー!」
「やったー!おつかれ〜!」

重ねて括ったリボンが、彼女の振り上げた腕の勢いに負けて裾がなびく。
余った針金入りの紐と栞を片付けながら、うきうきと、

「あと開通はしなくて平気?終わった?帰っていい?」

終わらない作業の途中、括ってもらった髪がさらさらと肩を滑る。
纏めると目付き悪いのバレるからあんまヤなんだよね、と僅かに唇を尖らせる彼女に、髪を梳るリーダーは、ここにはそんなことでお前に文句言うやつなんていないぞ、と笑いながらヘアセットしていた。話聞けって思った。けど、纏め終わった髪を鏡に映して彼女が嬉しそうにしていたからそれが正解なんだろう。
すげー悔しいけど、もさっとした髪をすっきり上げた彼女は確かに可愛かった。

「開通は俺らでやる。これで作業は終わりだ、お疲れさん!」
「うひょー!終わりだーメリークリスマスー!」

まだ早いんだが。
クリスマス一か月前、そろそろ世界中の子供達の願い事が届く頃なのにまだ全然準備出来てないとコールセンター担当に泣きつかれてバイトに来たが、なかなか過酷な三日間だった。
やっぱり季節行事担当はブラックだな…納期短過ぎる。

「じゃー帰ろ!」
「ねぇ帰り一緒にどっか行こう、」
「え、」
「えーだってせっかく髪可愛くしてもらったし」
「……おう!」

リーダー、グッジョブ。感謝を込めてコールセンター担当リーダーを見ると、無表情のドヤ顔で力強く親指を立てながら頷きを返された。
……やっぱりこのバイトやって良かった!



(季節業者の俺と彼女、とバイトリーダー)


※先日見た夢の話

3/24/2024, 12:49:51 PM

ところにより雨


虹の根元に雨が降る。
古森ひとつを覆う灰色の雨垂れ雲を見上げながら、オーレン、元傭兵、今は農民の男は小さく笑った。

「ここが森でよかったな。こんなおかしな雨雲、国だったら面倒な事になるところだった」

「当代の雨降らしは仕事が雑だよね」

古森に住む魔女、黒い巻き毛のアンジェリカはモスリンの肩掛けをちょっと撫でて鉢植えを手に取る。しかし、嵌め込み窓の歪み硝子を叩く雨粒の勢いに、考え直したらしくまた元の位置に戻した。
この魔女の得意は薬草の育成と調合だ、部屋の大半を占める夥しい鉢植えの数々は、全てこの魔女の財産である。オーレンは時折この魔女の手伝いをして、小遣い稼ぎをしていた。

「今日の仕事、無駄になっちゃったかな」

この火吹き草の鉢植え全部外に出したかったんだけど。小さく呟くその手の鉢植え、赤く萌える火吹き草に水は天敵である、淡くため息を落とす魔女に、手伝いのため呼び出されたオーレンは、

「まぁ俺は、こういうのも悪くないと思うがね」

勝手知ったる台所で魔女のために珈琲を淹れてやりながら、にやりと笑った。
香る珈琲と雨粒と緑の匂いに、魔女は、そうだね、と俯きながら小さく囁く。
聞こえるか聞こえないかの囁きだったが、ゆるい巻き毛の隙間からほんのり薄紅に染まる魔女の耳朶を流し見て、今はそれで充分だとオーレンは満足した。

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