めしごん

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ところにより雨


虹の根元に雨が降る。
古森ひとつを覆う灰色の雨垂れ雲を見上げながら、オーレン、元傭兵、今は農民の男は小さく笑った。

「ここが森でよかったな。こんなおかしな雨雲、国だったら面倒な事になるところだった」

「当代の雨降らしは仕事が雑だよね」

古森に住む魔女、黒い巻き毛のアンジェリカはモスリンの肩掛けをちょっと撫でて鉢植えを手に取る。しかし、嵌め込み窓の歪み硝子を叩く雨粒の勢いに、考え直したらしくまた元の位置に戻した。
この魔女の得意は薬草の育成と調合だ、部屋の大半を占める夥しい鉢植えの数々は、全てこの魔女の財産である。オーレンは時折この魔女の手伝いをして、小遣い稼ぎをしていた。

「今日の仕事、無駄になっちゃったかな」

この火吹き草の鉢植え全部外に出したかったんだけど。小さく呟くその手の鉢植え、赤く萌える火吹き草に水は天敵である、淡くため息を落とす魔女に、手伝いのため呼び出されたオーレンは、

「まぁ俺は、こういうのも悪くないと思うがね」

勝手知ったる台所で魔女のために珈琲を淹れてやりながら、にやりと笑った。
香る珈琲と雨粒と緑の匂いに、魔女は、そうだね、と俯きながら小さく囁く。
聞こえるか聞こえないかの囁きだったが、ゆるい巻き毛の隙間からほんのり薄紅に染まる魔女の耳朶を流し見て、今はそれで充分だとオーレンは満足した。

3/24/2024, 12:49:51 PM