めしごん

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君の目を見つめると



その日貧乏牧師のリンカーンは、お貴族様に口説かれていた。空高く晴れ村の子供達の笑い声が響く善き日、毎度の事である。寄進にかこつけ教会を訪った放蕩貴族のオルフェ・カーランドは、説法をねだり午後のお茶をねだり粘りに粘ってリンカーンを独占している。

(はよ帰れ、この変態貴族が)

寄進を断れないこの貧乏生活が憎い。
天井の雨漏り、軋む床、斜めに傾ぐ窓、冬の薪代、手炙りに使う炭に日々のパンにオイル代インク代、修繕箇所や支払いなどいくらでもある。

「本当にあなたは付け込みやすいなぁ」
「何だと」

このろくでもない日々はもう二年にもなる。
すなわちオルフェがお茶を飲みに来るようになって二年なのだが、絵に描いたような耽美で艶麗な貴族はこの清貧を謳うオンボロ教会に未だに馴染まず、みすぼらしい背景から浮きまくっている。
その浮いているお綺麗な貴族様は椅子から立ち上がり、蛇のような動きでリンカーンを壁際に追い詰める。逃げ場のない距離にリンカーンは冷や汗をかいた。

「戯れはよしてください、カーランド大公令嬢」
「間違うなよ。私は大公令嬢ではない、大公だ」
(うるせー!わざとだよ!)

貧乏の他に、リンカーンが強く出れない理由がふたつあった。オルフェ・カーランドが、このカーランド公国の押しも押されぬ大公殿下であること。同時に、この国中の娘達が夢に見るような麗しの貴族子弟としか思えない彼は、この国で最もどうしようもなく男装が似合う長身の子女だからだった。

「たまには貴族の子女らしい格好をしたらいかがですか、大公殿下」
「そうしたらあなたは私を見てくれるかな?」
「……また戯れを仰る」
「逃げないで」
(逃げるわい!)

リンカーンは心の中で絶叫した。
壁際に追い詰められ、顔の横に手をつかれ、口づけのような距離で囁かれて、リンカーンの心臓は今にも爆発しそうだ。

(なんて目で俺を見やがるんだ)

まるで夜の底を彷徨う蛇だ、毒の籠った、同時に欲情の熱で焦げた眼差しに胸を抑えていると、オルフェは艶めいた唇で悩ましげに呟いた。

「その顔やめてくれないか」
「何だと、」
「なんだか生娘を犯してる気分になる」

とんでもない台詞に先程までのときめきも忘れて、リンカーンは真っ赤になり、目をひん剥いて怒鳴り散らした。

「ふざけるなこのクソタラシめがーー!!!」

4/7/2024, 12:48:39 AM