夜莉

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6/29/2024, 1:47:03 PM

茹だる様な暑さと蝉の声で目が覚める。
スマホから流したままになっている音楽をロック画面から停止ボタンを押して止めそのまま時間を確認すると、もうお昼近くになっていた。

いつもは8時くらいには自然と目が覚めるのだが、疲れていたのだろう。
その疲れは睡眠時間の他に足にも出ている。
久しぶりに走ったおかげで見事に筋肉痛だ。
重たい足をなんとか動かして立ち上がり、階段を降りる。

日が当たらないため少しひんやりとした台所に行くと、おにぎりと卵焼きがテーブルの上に置かれていた。
側には「お腹空いたら食べてね」と書かれた小さなメモもある。
祖母は今日も変わらず畑へ出向いているのだろうか。
いや、昨日の夜、明日から祭りの準備がどうたら言っていた気がする。
こんな田舎でも小さな神社があり、そこで祭りが開かれるのだ。

祭りの準備なら夕方までは帰ってこないのだろう。
正直お腹はあまり空いていないが、せっかく祖母が作ってくれたのだ。
食べなかったらいくら涼しい台所にあるとはいえ腐ってしまう。
ゆっくりと座って手を合わせて「いただきます」と言ってから梅干しのおにぎりと甘い卵焼きを食べた。

食器を洗ってから身支度を整え、再度台所へ向かう。
食器用洗剤。
これでこの指輪を取ることが出来るのではないかと思い、左手の薬指に洗剤をかける。
しかしいくら引っ張ってもただ滑ってしまうだけで、取ることはできなかった。

「買取だよなあ…最悪…。」

はあっと大きなため息が漏れてしまう。
こんな半ば押し付けられたような指輪を買い取らなくてはいけないなんて、ついていない。
とりあえず昨日会った神様とやらを探して、事情を説明するしかない。
すぐにはお金は用意出来ない事。
でもちゃんと払う事。
ただ押し付けられたようなものだし、私がお金を稼いでるわけでもないから少しくらい値下げしてほしいという事。

どうすればあの自称神様に会えるかは分からないけど、探すしかない。
泡だらけの手を水で流して、スマホを片手に家を出た。

「あっつい…。」

家を出てすぐ後悔する。
暑さと筋肉痛のダブルパンチはキツい。
もう少し、せめて夕方くらいから探せばよかった。
ジリジリと照りつける太陽を睨もうと空を仰ぐと、入道雲が見えた。
夏の空だな、なんて呑気に考えながらノロノロと道を歩く。
10分程度しか歩いていないにも関わらず汗が滴り落ちる。

歩き続けていると木陰になっている場所を見つけた。
そこで立ち止まると、少し涼しく感じるような気がする。
薄手のガーディガンを袖を捲ると、左腕の傷が昨夜のガーゼのままであることに気がついた。
しまった、こんなに汗をかくなら包帯でも巻いてくればよかったと思う。
ガーゼを止めているテープが汗で剥がれてしまいそうだ。
見えないように左腕の袖を戻して、右手の袖だけをまくった。
額に張り付く髪の毛を手で払いながら、「あの神様、どこに住んでるんだろ」と独り言を呟いた。

ー またひょっこり現れてくれないかな。
そうすれば楽なのに。

押し付けられた指輪を見ながら、そう思うと同時に強めの風が吹く。
思わず目を瞑り風が止まるのを待っていると、チリンと聞いたことのある音が聞こえる。

「こんにちは。
今日も暑いですね。」
「ねー。リンも暑くて溶けそー。」

ゆっくりと目を開けると、暑いと言いながら汗ひとつかいていない自称神様と尻尾をゆらゆらと揺らす黒猫。
私が探していた人が目の前に現れたのだった。

5/17/2024, 3:12:53 PM

祖母が作ってくれた夕飯を食べ、シャワーを浴びてから用意されている自分の部屋へ戻った。
部屋の灯をつけて、そのまま2回紐を引っ張る。
明るすぎないオレンジ色の光を頼りにベッドへと腰掛ける。

有難いことにクーラーがある部屋だが、電気代のことを考えるとあまり使おうという気にはならない。
窓を開けて、反対側にある網戸を引っ張ると同時に心地よい風が部屋へ入ってくる。
スマホで時間確かめるために画面をタップするとメッセージアプリの通知が見えた。
どうせ相手はあの人ー…母親だ。
ここに来てから1日もかかさずメッセージを送ってくる。
返信なんて1度もしていないのに変なところで熱心というか執着しているなと思う。

ため息を飲み込むようにバッグを漁ってポーチを取り出す。
入っているものはティッシュ、ガーゼ、テープ、絆創膏、包帯…あとは最近追加された軟膏と綿棒だ。
少し前まではここに剃刀も入っていた。
ここに来る前に取り上げられてしまったけど。

正しくは眉を整える用のものはあるが、祖母に完全管理されている。
使えるのは祖母の目の前だけ。
使い終わったら祖母に返す。それをどこにしまっているのかは分からない。
そこまでしなくてもバレたら祖母に迷惑がかかるため、ここで切ろうとは思っていない。

ポーチからガーゼとテープ、軟膏と綿棒を取り出す。
綿棒に軟膏を出し左手の傷口に適当に塗っていく。
ガーゼにテープをつけて傷口を覆うように当てた。
面倒くさいが祖母や誰にも傷を見せないようにするためだ。
私のためじゃない、他の人のために隠す。

綿棒を部屋のゴミ箱に捨てて、そのまま寝転がると昼間の出来事が蘇る。
自分を神様だという綺麗な人とお喋りな黒猫。

「私を幸せにするためにー……。」

小さく呟きながら蛍光灯と合わせるように左手を上に伸ばすと、薬指にある指輪が目に入った。
お風呂の時にこの指輪を外そうとしたが、浮腫んでいるのか外せないのだ。
でもキツいと感じるわけでもない。
不思議に思いつつ、どうしようもないためこのままにしている。

「次会った時に返せって言われても外せなかったら返せないよね。
買取になるのかな……押し売りってやつだよな、これ。」

田舎だからって油断してしまった。
こんなお年寄りしかいない所でもー…いや、だからこそなのか犯罪なんて滅多に起こらないだろうと思っていた。
これ、いくらするんだろうか。
私の生活費は母親が祖母の口座へ振り込むということになっているため、私の手元にはお金はないのだ。
欲しいものがある時も祖母と一緒に店へ行くしかない。
まるで小さな子供だ。
何度目か分からないため息をつくと、再び風が吹きカーテンが揺れる。

再びスマホを手に取り、メッセージアプリの通知を右から左へスワイプして見ないふりをした。
そしてそのまま音楽再生アプリを開く。
プレイリストを探すと“真夜中に聞きたいメドレー”というものを見つける。
音量を確認して再生するとタイトルも分からないジャズのような音楽が聞こえてきた。

色々ありすぎて、不安だらけなのに目を瞑っただけで眠気がやってくる。

ー とにかく指輪は返せるように傷をつけないように気をつけよう。
 明日、指輪が抜けなくなった時の対処法とかも調べなくちゃだ。

そんなことを考えているうちにいつの間にか私は眠りについたのだった。

4/21/2024, 6:13:56 AM

黒猫はきょとんとした顔をしている。
言いたいことは“そんなことないよー”だろうか。
すう、と短く息を吸う。

「私も、あなたの声がそのうち聞こえなくなる。
私は大人……大人じゃないといけないから。」

そう、もう子供じゃいられない。
小さい頃から家でも学校でも居場所がなくて、甘えるなんてこと親にも出来なかったけれど。
だって、何か下手なことをして相手を不機嫌にしたら面倒だ。
だから私には反抗期らしい反抗期もなかったと思う。
私が不機嫌だったり怒ったりすれば、母親はその倍不機嫌や怒りを露わにすることが目に見えていたから。
大人じゃないといけない、なんて思いながら私はとっくに大人の真似をせざるを得ない環境にいたのだ。

「何で?」
「……え?」
「何で大人じゃないといけないの?」
「何で、って…。」
「何で大人は夢を見れないの?」
「それは…。」
「お姉さんはー…」

ー 大人になりたいの?

質問ばかりしてくる黒猫に大人になりたいかと問われ、何も言えなくなる。
大人になりたいのだろうか、私は。
私はー…。

「もう、リン。遅いですよ。」
「あ、スイだー。」
「早くしないと本当に日が暮れてしまいますよ。」
「だってお姉さんが来てくれないんだもん!」
「またリンが話したいことだけをいっぺんに話したんじゃないんですか?」
「そんなことないよー、ねー?」
「ねーって……い、いやいや!何ちゃっかり不法侵入してるんですか!?」

足音ひとつ立てずにさっきの自称神様がいつの間にか部屋に入ってきていた。
そういえば猫は、この自称神様を“すい”と呼んだはずだ。
つまりさっき、待っていると言っていたのはこの人が待っていたということなのだろう。

「不法…ああ、勝手に入ってきてしまって申し訳ございません。
リンが連れてくると言ったのになかなか降りてこないものですから。」
「リンのせいじゃないのに。」
「リンのせいだとは思っていませんよ。
ただ手間取っているのだろうな、と思ったので私もお邪魔したのです。」

お喋り猫は「そっかー」なんて言いながら尻尾を揺らしている。
どうしよう。
どうやって逃げよう。
そもそも家まで知られたらもうどこにも逃げ場がない。
2人、いや、1人と1匹が呑気に話しているところで私は必死に逃げ道を考えていた。
考えがまとまらないうちに神様が「さて」と私の方へ視線を移す。
驚いて思わず肩を揺らした。

「私と共に来ていただけますか?」
「…え?」
「私と共に来ていただきたいのです。
あなたの願いのために。」
「え…い、嫌ですけど。」
「?何故ですか?」
「何故って…あなたのこと知らないし、神様とか変なこと言い出すし、その化け猫?と話してるしで、怪しさしかないと言いますか…。」
「リンはお喋り猫ー!」
「ご、ごめん…。
とにかくそんな怖い人と一緒になんて行けないです。」

そもそも何処に連れて行くつもりなのだ。
何一つ情報がないのに「いいですよ」なんてついて行く人はいないだろう。
すると神様は少し考え込んだような仕草をしている。
ぶつぶつと「んー、どうやったら信じてもらえるでしょうか……元の姿に…いや…。」などと呟いている。
何を見せられても信じるつもりはないが、神様は何か閃いたらしい。

「あ、そうです!
何か欲しいものはありますか?」
「欲しいもの…?」
「はい、あなたが欲しいものを贈ることができます!」
「いや、別に…何もいらない。」
「…そうですか。困りましたね。」

いきなり欲しいものなんて浮かぶわけがないだろう。
特に私のような死にたがりの人間なんて、物が増えるだけ虚しさも増すものだ。
ただ物がないのもそれだけ価値がないという事実を目の当たりにするようで虚しく、自分はとにかく面倒な部類の人間だと思う。

西陽が傾いて、部屋に淡いオレンジ色の光が刺す。
その光を見てお喋り猫はまた、くわっと大きくあくびをする。

「ねえ、スイ。
早くしないと本当に帰れなくなっちゃうよ。」
「おや、本当ですね。
仕方ないです、今はこれであなたを繋ぎ止めておくことにいたします。」
「な、何?」
「失礼しますね。」

そういうと私の左手をとった自称神様は私の前へ膝をつくと懐から水色と透明な石がついた指輪を取り出し、それを私の薬指へ通した。
神様の容姿も相まって、“少女漫画みたいだ”なんて思ってしまう。
その指輪は私のために作られたかのようにぴったりのサイズだ。
何でこんなにしっくりくるのだろう。

「何、この指輪?」
「次また会えるように、というおまじないとでも思ってください。」
「おまじないって…いや、こんなの渡されても困ー…」
「さあ、リン。
今日は帰りますよ。」
「はーい!」

私が文句を言い切る前に自称神様と黒猫は部屋を出て行ってしまう。
一瞬遅れて急いで玄関へ向かい扉を開けると、祖母と鉢合わせた。
「びっくりしたー」という祖母に、髪の長い人と黒猫が出てこなかったか尋ねる。

「いやー、すれ違ってもいないと思うけどねえ。」
「で、でもついさっき出てったばっかで…。」
「それにここら辺に髪の長い人なんて、りさちゃんぐらいしかいないよー。」

「すぐ夕飯の支度するからねえー」なんて言いながら家の中へ入って行く祖母とは正反対に私は玄関を出て、辺りを見渡す。
しかし祖母が言う通りにどこにも先ほどの神様とお喋りな黒猫はいなかった。

「どうしよ、これ…。」

左手の薬指なんて意味ありげなところにある指輪を見ながらぼそっと呟くと、遠くで夕焼け小焼けが聞こえてきた。

4/17/2024, 12:26:26 AM

「はあっ、はっ…!!!」

運動不足で転びそうになる足を必死で動かして祖母の家へ帰る。

ー 喋った。黒猫が。

それは自称神様がいたことなんて比にならないくらい異常なことだ。
幻聴か何かだったのだろうか。
それともオカルト系の現象だったりして。
でもおばけだったとしても、こんな真っ昼間から活動しなくてもいいじゃないか。
とにかく早く帰ろう。
いつもは人通りもほぼない静かな田舎道を今はただ恨んだ。

転がるように祖母の家に戻り、急いで階段を駆け上がる。
2階の奥に用意してもらっている私の部屋へ入り、バタンと扉を閉めると限界だった足から力が抜けていく。

「はっ、はっ、はっ……っ、はー…!!!」

足りなかった酸素を肺に送り込む。
肺が冷たいような、痛いような、嫌な感覚だ。
ゲホッ、と咳き込むと血の味がする。

そのままゆっくり呼吸をしてドクドクと暴れている心臓を落ち着ける。
何だったんだろう、あの神様。
いや、それよりもあの黒猫だ。

鈴の音が聞こえたということは、首輪か何かをしているのだろう。
ということは飼い猫ということだ。

「喋る猫、は…さすがに怖すぎでしょ。」
「怖くないよー!」
「いやいや、普通に怖すぎる。」

ハハ、と笑って気がつく。
私しかいないこの空間で、一体誰が話しかけてきたというのだろう。
祖母は朝から「今日は1日中、畑にいるから用があったら来てね」と言って、お昼前に帰ったっきり家に戻ってきていない。
祖父は私が幼稚園の頃に亡くなっている。

恐る恐る声が聞こえた窓を見ると、先ほどの黒猫が行儀良くちょこんと座っていた。

「うわあ!!化け猫!!」
「違う!リンはお喋り猫だもん!!」
「猫はお喋りしないです!!」

こんな状況なのに思わず突っ込みをしてしまった。
何だ、お喋り猫って。
可愛く言えば誤魔化せるとでも思っているのか。
落ち着いたと思った心臓が再びうるさくなっていく。

しかし目の前の猫ー…自称、お喋り猫はそんな私に構うことなく話し始める。

「あのね、スイが待ってるよ。」
「す、すい…?」
「うん。」
「すい、なんて人知らないです。」
「ううん、知ってる。」
「いや、知らない…。」
「知ってるもん。
それにね、リンの声が聞こえるなら素質あるよ。」
「話が飛び飛びでよく分からないし、素質って何…。」

子供のような声だとは思ったが、中身も子供なのだろうか。
口調も幼いような、そして自分が話したいことを伝えてくるような感じは、おませな女の子という感じだ。

「リンの声は夢をもってる人じゃないと聞こえないの。」
「ゆ、夢?」
「そうだよ。
リンは皆と話したいのに、大人にはリンの声が聞こえないみたい。」
「大人は色々大変だからそんな余裕ないんじゃない、かな。」
「えー、よくないよ、それ。
スイも言ってたよ。“夢見る心は忘れちゃいけない”って。」

目の前の黒猫に真っ直ぐ見つめられ、言葉が出なくなる。
そんなもことすら大人になると大変なのだ。
いや、大人になるから大変になるのか。
私も小さい頃は魔法使いとかに憧れていたもんな。

夢を見れなくなることが、大人っていうことなのかもしれない。

大人なのか子供なのか曖昧な狭間にいる自分と、左手の傷はあまりに不釣り合いだ。
大人なら、こんなことしないのだろう。

ああ、そっか。
母親が怒った理由が分かってしまった。

私は大人じゃないといけないのだ。
母親と同じ。
だから同じ大人の私が自傷行為なんてしたことが許せなかったのだ。
自分は辛くても、我慢したから。
私のこれは、アピールに見えたのだろう。

じゃあ、望まれるように生きなくちゃいけない。

「大人はね、夢を見れないんだよ。」

泣きそうになりながらそう呟けば、可愛らしい黒猫の鈴がリンとなった。

4/15/2024, 2:18:17 PM

しっかりと握られた両手から、綺麗な人が男だということに気がつく。
整った顔立ちに長い髪だから勝手に身長が高い女だと思っていたが、シンプルなそれは確かに男物の着物だった。

いや、そんなことを思っている場合ではない。

神様だ、なんて言う人はどう考えても危なすぎる。
下手したら殺されるかもしれないと思い、再び振り払おうと手を引くがびくともせず、どうすればいいのか分からない。
こんな田舎のお年寄りしかいない所で叫んだって無意味だ。

ー でも、いいのかもしれない。

このまま神様とやらに殺されても。
田舎だし、いなくなっても神隠しとして終われるのではないだろうか。
そうだ、それにこの人はさっき言った。
幸せにしてやる、と。

「……神様、は。」
「はい。」
「私を幸せにしてくれるために、来たんですか?」
「ええ、そうですよ。
ただ方法がなかなか思い浮かばなくて、気がついたら15年程経っていたんです。
いけませんね、神と人とでは時間の感じ方が異なることをつい忘れてしまってー…。」
「あの!!」

思わず言葉を遮ると綺麗な人は優しい声で「はい」と答える。
お願いしたら、叶えてくれるのだろうか。
目の前の綺麗な神様とやらは。
小さい頃とは違う。
家族にも、昔はいた友達にも、誰にも、届かぬ想いを。
この人なら受け止めて、叶えられるのだろうか。

小さな子供みたいで自分でも笑いそうになる。
右手で左手首を掴み、俯いて息を吸い込む。
ああ、もう。
馬鹿らしくて、くだらなくて、情けないほどに唇が震える。

ー だったら私を殺す……いや、消してくれませんか?
 私を最初から、この世界にいなかったことにしてほしいです。

思い切って私の願いを言葉にするが、自称神様は何も言ってこない。
おふざけで「神様だ」なんて言ったのに本気の願いを聞かされて反応に困っているのだろう。
子供だからと揶揄うから痛い目を見るのだ。
ざまあみろ、なんて思う私はきっと最低なんだろう。

「なんて、冗談ー……」

“冗談ですよ”と言おうと少し顔を上げた先には、酷く顔を歪ませた神様がいた。
何でそんな、泣きそうな顔をしているのだろう。

「あなたはー…。」

神様が何か言おうとするがその言葉の続きより先に、チリンという鈴の音が聞こえる。
音のする方を見れば黒猫がこちらへ歩いてくるのが見えた。

私たちの目の前まで来た黒猫は座って顔を洗うと、くわっと大きくあくびをする。
そして、可愛らしい子供のような声でこう言うのだった。

「いつまで話してんのさー。
早くしないと日が暮れちゃうよ。」


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