夜莉

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祖母が作ってくれた夕飯を食べ、シャワーを浴びてから用意されている自分の部屋へ戻った。
部屋の灯をつけて、そのまま2回紐を引っ張る。
明るすぎないオレンジ色の光を頼りにベッドへと腰掛ける。

有難いことにクーラーがある部屋だが、電気代のことを考えるとあまり使おうという気にはならない。
窓を開けて、反対側にある網戸を引っ張ると同時に心地よい風が部屋へ入ってくる。
スマホで時間確かめるために画面をタップするとメッセージアプリの通知が見えた。
どうせ相手はあの人ー…母親だ。
ここに来てから1日もかかさずメッセージを送ってくる。
返信なんて1度もしていないのに変なところで熱心というか執着しているなと思う。

ため息を飲み込むようにバッグを漁ってポーチを取り出す。
入っているものはティッシュ、ガーゼ、テープ、絆創膏、包帯…あとは最近追加された軟膏と綿棒だ。
少し前まではここに剃刀も入っていた。
ここに来る前に取り上げられてしまったけど。

正しくは眉を整える用のものはあるが、祖母に完全管理されている。
使えるのは祖母の目の前だけ。
使い終わったら祖母に返す。それをどこにしまっているのかは分からない。
そこまでしなくてもバレたら祖母に迷惑がかかるため、ここで切ろうとは思っていない。

ポーチからガーゼとテープ、軟膏と綿棒を取り出す。
綿棒に軟膏を出し左手の傷口に適当に塗っていく。
ガーゼにテープをつけて傷口を覆うように当てた。
面倒くさいが祖母や誰にも傷を見せないようにするためだ。
私のためじゃない、他の人のために隠す。

綿棒を部屋のゴミ箱に捨てて、そのまま寝転がると昼間の出来事が蘇る。
自分を神様だという綺麗な人とお喋りな黒猫。

「私を幸せにするためにー……。」

小さく呟きながら蛍光灯と合わせるように左手を上に伸ばすと、薬指にある指輪が目に入った。
お風呂の時にこの指輪を外そうとしたが、浮腫んでいるのか外せないのだ。
でもキツいと感じるわけでもない。
不思議に思いつつ、どうしようもないためこのままにしている。

「次会った時に返せって言われても外せなかったら返せないよね。
買取になるのかな……押し売りってやつだよな、これ。」

田舎だからって油断してしまった。
こんなお年寄りしかいない所でもー…いや、だからこそなのか犯罪なんて滅多に起こらないだろうと思っていた。
これ、いくらするんだろうか。
私の生活費は母親が祖母の口座へ振り込むということになっているため、私の手元にはお金はないのだ。
欲しいものがある時も祖母と一緒に店へ行くしかない。
まるで小さな子供だ。
何度目か分からないため息をつくと、再び風が吹きカーテンが揺れる。

再びスマホを手に取り、メッセージアプリの通知を右から左へスワイプして見ないふりをした。
そしてそのまま音楽再生アプリを開く。
プレイリストを探すと“真夜中に聞きたいメドレー”というものを見つける。
音量を確認して再生するとタイトルも分からないジャズのような音楽が聞こえてきた。

色々ありすぎて、不安だらけなのに目を瞑っただけで眠気がやってくる。

ー とにかく指輪は返せるように傷をつけないように気をつけよう。
 明日、指輪が抜けなくなった時の対処法とかも調べなくちゃだ。

そんなことを考えているうちにいつの間にか私は眠りについたのだった。

5/17/2024, 3:12:53 PM