夜莉

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しっかりと握られた両手から、綺麗な人が男だということに気がつく。
整った顔立ちに長い髪だから勝手に身長が高い女だと思っていたが、シンプルなそれは確かに男物の着物だった。

いや、そんなことを思っている場合ではない。

神様だ、なんて言う人はどう考えても危なすぎる。
下手したら殺されるかもしれないと思い、再び振り払おうと手を引くがびくともせず、どうすればいいのか分からない。
こんな田舎のお年寄りしかいない所で叫んだって無意味だ。

ー でも、いいのかもしれない。

このまま神様とやらに殺されても。
田舎だし、いなくなっても神隠しとして終われるのではないだろうか。
そうだ、それにこの人はさっき言った。
幸せにしてやる、と。

「……神様、は。」
「はい。」
「私を幸せにしてくれるために、来たんですか?」
「ええ、そうですよ。
ただ方法がなかなか思い浮かばなくて、気がついたら15年程経っていたんです。
いけませんね、神と人とでは時間の感じ方が異なることをつい忘れてしまってー…。」
「あの!!」

思わず言葉を遮ると綺麗な人は優しい声で「はい」と答える。
お願いしたら、叶えてくれるのだろうか。
目の前の綺麗な神様とやらは。
小さい頃とは違う。
家族にも、昔はいた友達にも、誰にも、届かぬ想いを。
この人なら受け止めて、叶えられるのだろうか。

小さな子供みたいで自分でも笑いそうになる。
右手で左手首を掴み、俯いて息を吸い込む。
ああ、もう。
馬鹿らしくて、くだらなくて、情けないほどに唇が震える。

ー だったら私を殺す……いや、消してくれませんか?
 私を最初から、この世界にいなかったことにしてほしいです。

思い切って私の願いを言葉にするが、自称神様は何も言ってこない。
おふざけで「神様だ」なんて言ったのに本気の願いを聞かされて反応に困っているのだろう。
子供だからと揶揄うから痛い目を見るのだ。
ざまあみろ、なんて思う私はきっと最低なんだろう。

「なんて、冗談ー……」

“冗談ですよ”と言おうと少し顔を上げた先には、酷く顔を歪ませた神様がいた。
何でそんな、泣きそうな顔をしているのだろう。

「あなたはー…。」

神様が何か言おうとするがその言葉の続きより先に、チリンという鈴の音が聞こえる。
音のする方を見れば黒猫がこちらへ歩いてくるのが見えた。

私たちの目の前まで来た黒猫は座って顔を洗うと、くわっと大きくあくびをする。
そして、可愛らしい子供のような声でこう言うのだった。

「いつまで話してんのさー。
早くしないと日が暮れちゃうよ。」


4/15/2024, 2:18:17 PM