夜莉

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「はあっ、はっ…!!!」

運動不足で転びそうになる足を必死で動かして祖母の家へ帰る。

ー 喋った。黒猫が。

それは自称神様がいたことなんて比にならないくらい異常なことだ。
幻聴か何かだったのだろうか。
それともオカルト系の現象だったりして。
でもおばけだったとしても、こんな真っ昼間から活動しなくてもいいじゃないか。
とにかく早く帰ろう。
いつもは人通りもほぼない静かな田舎道を今はただ恨んだ。

転がるように祖母の家に戻り、急いで階段を駆け上がる。
2階の奥に用意してもらっている私の部屋へ入り、バタンと扉を閉めると限界だった足から力が抜けていく。

「はっ、はっ、はっ……っ、はー…!!!」

足りなかった酸素を肺に送り込む。
肺が冷たいような、痛いような、嫌な感覚だ。
ゲホッ、と咳き込むと血の味がする。

そのままゆっくり呼吸をしてドクドクと暴れている心臓を落ち着ける。
何だったんだろう、あの神様。
いや、それよりもあの黒猫だ。

鈴の音が聞こえたということは、首輪か何かをしているのだろう。
ということは飼い猫ということだ。

「喋る猫、は…さすがに怖すぎでしょ。」
「怖くないよー!」
「いやいや、普通に怖すぎる。」

ハハ、と笑って気がつく。
私しかいないこの空間で、一体誰が話しかけてきたというのだろう。
祖母は朝から「今日は1日中、畑にいるから用があったら来てね」と言って、お昼前に帰ったっきり家に戻ってきていない。
祖父は私が幼稚園の頃に亡くなっている。

恐る恐る声が聞こえた窓を見ると、先ほどの黒猫が行儀良くちょこんと座っていた。

「うわあ!!化け猫!!」
「違う!リンはお喋り猫だもん!!」
「猫はお喋りしないです!!」

こんな状況なのに思わず突っ込みをしてしまった。
何だ、お喋り猫って。
可愛く言えば誤魔化せるとでも思っているのか。
落ち着いたと思った心臓が再びうるさくなっていく。

しかし目の前の猫ー…自称、お喋り猫はそんな私に構うことなく話し始める。

「あのね、スイが待ってるよ。」
「す、すい…?」
「うん。」
「すい、なんて人知らないです。」
「ううん、知ってる。」
「いや、知らない…。」
「知ってるもん。
それにね、リンの声が聞こえるなら素質あるよ。」
「話が飛び飛びでよく分からないし、素質って何…。」

子供のような声だとは思ったが、中身も子供なのだろうか。
口調も幼いような、そして自分が話したいことを伝えてくるような感じは、おませな女の子という感じだ。

「リンの声は夢をもってる人じゃないと聞こえないの。」
「ゆ、夢?」
「そうだよ。
リンは皆と話したいのに、大人にはリンの声が聞こえないみたい。」
「大人は色々大変だからそんな余裕ないんじゃない、かな。」
「えー、よくないよ、それ。
スイも言ってたよ。“夢見る心は忘れちゃいけない”って。」

目の前の黒猫に真っ直ぐ見つめられ、言葉が出なくなる。
そんなもことすら大人になると大変なのだ。
いや、大人になるから大変になるのか。
私も小さい頃は魔法使いとかに憧れていたもんな。

夢を見れなくなることが、大人っていうことなのかもしれない。

大人なのか子供なのか曖昧な狭間にいる自分と、左手の傷はあまりに不釣り合いだ。
大人なら、こんなことしないのだろう。

ああ、そっか。
母親が怒った理由が分かってしまった。

私は大人じゃないといけないのだ。
母親と同じ。
だから同じ大人の私が自傷行為なんてしたことが許せなかったのだ。
自分は辛くても、我慢したから。
私のこれは、アピールに見えたのだろう。

じゃあ、望まれるように生きなくちゃいけない。

「大人はね、夢を見れないんだよ。」

泣きそうになりながらそう呟けば、可愛らしい黒猫の鈴がリンとなった。

4/17/2024, 12:26:26 AM