夜莉

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茹だる様な暑さと蝉の声で目が覚める。
スマホから流したままになっている音楽をロック画面から停止ボタンを押して止めそのまま時間を確認すると、もうお昼近くになっていた。

いつもは8時くらいには自然と目が覚めるのだが、疲れていたのだろう。
その疲れは睡眠時間の他に足にも出ている。
久しぶりに走ったおかげで見事に筋肉痛だ。
重たい足をなんとか動かして立ち上がり、階段を降りる。

日が当たらないため少しひんやりとした台所に行くと、おにぎりと卵焼きがテーブルの上に置かれていた。
側には「お腹空いたら食べてね」と書かれた小さなメモもある。
祖母は今日も変わらず畑へ出向いているのだろうか。
いや、昨日の夜、明日から祭りの準備がどうたら言っていた気がする。
こんな田舎でも小さな神社があり、そこで祭りが開かれるのだ。

祭りの準備なら夕方までは帰ってこないのだろう。
正直お腹はあまり空いていないが、せっかく祖母が作ってくれたのだ。
食べなかったらいくら涼しい台所にあるとはいえ腐ってしまう。
ゆっくりと座って手を合わせて「いただきます」と言ってから梅干しのおにぎりと甘い卵焼きを食べた。

食器を洗ってから身支度を整え、再度台所へ向かう。
食器用洗剤。
これでこの指輪を取ることが出来るのではないかと思い、左手の薬指に洗剤をかける。
しかしいくら引っ張ってもただ滑ってしまうだけで、取ることはできなかった。

「買取だよなあ…最悪…。」

はあっと大きなため息が漏れてしまう。
こんな半ば押し付けられたような指輪を買い取らなくてはいけないなんて、ついていない。
とりあえず昨日会った神様とやらを探して、事情を説明するしかない。
すぐにはお金は用意出来ない事。
でもちゃんと払う事。
ただ押し付けられたようなものだし、私がお金を稼いでるわけでもないから少しくらい値下げしてほしいという事。

どうすればあの自称神様に会えるかは分からないけど、探すしかない。
泡だらけの手を水で流して、スマホを片手に家を出た。

「あっつい…。」

家を出てすぐ後悔する。
暑さと筋肉痛のダブルパンチはキツい。
もう少し、せめて夕方くらいから探せばよかった。
ジリジリと照りつける太陽を睨もうと空を仰ぐと、入道雲が見えた。
夏の空だな、なんて呑気に考えながらノロノロと道を歩く。
10分程度しか歩いていないにも関わらず汗が滴り落ちる。

歩き続けていると木陰になっている場所を見つけた。
そこで立ち止まると、少し涼しく感じるような気がする。
薄手のガーディガンを袖を捲ると、左腕の傷が昨夜のガーゼのままであることに気がついた。
しまった、こんなに汗をかくなら包帯でも巻いてくればよかったと思う。
ガーゼを止めているテープが汗で剥がれてしまいそうだ。
見えないように左腕の袖を戻して、右手の袖だけをまくった。
額に張り付く髪の毛を手で払いながら、「あの神様、どこに住んでるんだろ」と独り言を呟いた。

ー またひょっこり現れてくれないかな。
そうすれば楽なのに。

押し付けられた指輪を見ながら、そう思うと同時に強めの風が吹く。
思わず目を瞑り風が止まるのを待っていると、チリンと聞いたことのある音が聞こえる。

「こんにちは。
今日も暑いですね。」
「ねー。リンも暑くて溶けそー。」

ゆっくりと目を開けると、暑いと言いながら汗ひとつかいていない自称神様と尻尾をゆらゆらと揺らす黒猫。
私が探していた人が目の前に現れたのだった。

6/29/2024, 1:47:03 PM