ー あの、大丈夫ですか?
顔を上げた先にいる人は汗ひとつかいていない様子で、私に手を差し伸べている。
呑気に「綺麗な人だな。」なんて思いながら、その瞳から目を逸らせずにいた。
ー 綺麗、だけじゃない。
なんだろう。なんか、懐かしいような。
ただじっと見つめ続けているとその人に再度、「あの」と声をかけられる。
その声でハッとし「すみません、大丈夫です。」と言いながら立ち上がった。
手を貸してくれていたが、それに甘えられるほど私は素直じゃない。
「暑いですからね。熱中症にはお気をつけて。」
「あ、はい。」
別に暑さのせいじゃないが、この気持ち悪さを他人に説明出来るほどの言葉を知らないし、する必要もないだろう。
普通の人には絶対に伝わらない、こんな気持ちなんて。
田舎だから誰も通らないだろうと油断して色々考えてしまったのが良くなかった。
早く祖母の家に戻ろう。
そして眠ってしまえば、きっとこんなモヤモヤなくなる。
お礼を言って目の前の人の横を通り抜けようとすると、「お待ちください。」という声と共に左手首を掴まれた。
その瞬間、あの日のことが蘇る。
この傷が見つかったあの日を。
ー 何で、何でこんなこと!!
ー あんたは好きなことやって!こんなに恵まれてるのに!
こっちは大変なのに!
母親の顔が、声が、全部が、私を責める。
心臓がバクバクとうるさい。
呼吸を忘れそうになって慌ててその手を振り払う。
「あっ、す、すみませんっ。
違、これは嫌とかじゃなくて!!」
必死に手を振り払ってしまった理由を探す。
さっきの手を無視したこともあって、申し訳なさでいっぱいになる。
そんな私に構うことなく目の前の綺麗な人は、私のことをじっと見て何かを思い出したかのように「やはり!」と目を輝かせた。
「あの時に手紙をくれた子ですね!」
「っ、へ、あの。」
「私もすっかりお顔を忘れてしまっていました。
なんせ15年近く前のことですから。」
「じゅ、15年…?」
何のことか分からないまま、綺麗な人が言ったことを真似る。
逃げることも出来ずにいると綺麗な人は嬉しそうに着物の懐から紙切れのようなものを取り出した。
その所作さえ綺麗で思わず見惚れてしまいそうになる。
綺麗な人は紙切れを私に渡してきた。
そこには子供のような拙い字で「かみさまへ」と書かれていた。
「な、んですか、これ。」
「何ってあなたがくれたものですよ。」
「私、が?」
こんなもの書いた覚えはない。
けれど、言われてみればこの字は私の小さい頃のものと似ているような気がする。
恐る恐る目の前の紙切れを受け取り、ゆっくりと開く。
中も子供の字で紙いっぱいに文字が書かれていた。
かみさまへ
おかあさんとおとうさんを
なかよくしてください
みんなみたいに
しあわせになりたいな
なんでもするので
おねがいします
りさより
「りさって、私だ。」
「そうですよ。
あなたからいただいた手紙ですから。」
「でも何でこんなもの、あなたが?」
確かに小さい頃にも何度か祖母の家に来たことはある。
その時にでも書いたのかもしれない。
だが何にせよ、綺麗な人がこれを持っている意味が分からない。
「神様ですから。」
「………え?」
「私が幼いあなたが望んだ神様なんです。
遅くなってしまって申し訳ありません。
でも、もう安心してくださいね。」
ー 私があなたを幸せにして差し上げます。
そう言いながら両手をしっかりと掴まれる。
ジワジワと蝉がうるさいはずなのに、綺麗な人の嬉しそうな声だけが私の耳に届いた。
茹だるような暑さと、どこまでも広がっているその青さに目を細めた。
ポケットに入れているスマホが布越しに肌に触れて不快感を覚える。
ちょっと先を見れば田んぼが広がっていて、「ザ・田舎だな」なんて思ってしまう。
ー あの人は心配してるかな。いや、してないか。
歩きながら左手首にある傷をガーゼの上から撫で、いつからこんなことをし出したのだろうと考える。
ちゃんと覚えていないけど、確か
私が小さい頃から良くなかった両親の仲が更に悪くなって
同じ時期にいじめが始まって、どこにも居場所がなくてー…。
うん、その時くらいからだった気がする。
昔は夏の時期は控えることが出来ていたのに最近は上手くいかない。
それが見つかったのだ。
見つかって、私の何倍も傷ついたような顔をした母親に無理矢理、祖母がいるこの田舎に連れてこられたのだ。
普通なら病院に連れていくのだろうが、近所の目が気になるのであろう母親は“田舎でリフレッシュさせてあげよう”という考えになったらしい。
所謂、転地療養みたいなことなのだろう。
ー 馬鹿みたい。
こんな所、来たくなかった。
でもあんな家にもいたくなかった。
結局私は、今も居場所を見つけられていない。
自分と周りとの境界線が分からなくなって、目を瞑ってその場でうずくまる。
自分が何なのか分からない。
いや、大丈夫。私は人間で、19年生きてて、名前はー…。
「あの、大丈夫ですか?」
「……あ…。」
心の中でぐるぐる考えていると、鈴のような優しい声が頭上から聞こえた。
顔を上げると、夏だというのに長い髪を下ろして着物姿の人物と目が合った。
その瞳は今日の快晴のような綺麗な青で
私はまた、思わず目を細めたのだった。
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過去の私が今の私の首を絞めに来るので
私が私を救うための物語を書きます。
テーマに沿いつつ、繋げて書く予定。
不定休。
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