ピン留めされた彼とのトーク画面は、1年前から動いていない。別れようの一言もなく突然切り離された私は為す術なくただ1人死んだ様に生きる日々。
全部嘘だったらしい。あの言葉もあの旅行もあの思い出も、全部偽物だったらしい。
あんな奴好きじゃないと、何度も自分に言い聞かせる。新しい人に出会えるのだと、もう縛られなくていいんだとそう言い聞かせる。
最後に届いているメッセージは「ごめん」の3文字。何をどう思ってこれを送ったのか私には理解出来ない。私にどうして欲しいの、何を返して欲しいの、何を求めてるの。
ぴろん、と通知が来た。仲のいい親友からのLINE。こんな時間に珍しい。そう思ってトーク画面を開く。
『ねぇ𓏸𓏸!』
『××と付き合う事になった!』
そこには私の元彼の名前。悪気のない彼女からのLINEを見る感じ、××の中ではとっくに私との思い出なんてなかった事にされているんだろう。
おめでとう
それだけ送ってスマホの電源を切る。今はただ、1人の時間が欲しい。すぐに連絡が取れてしまうこの世界に、初めて嫌気がさした。
『開けないLINE』
ギシギシと軋む関節が、自分の終わりを伝えてくる。ネジを回して立ち上がると、視界にERRORの文字が映った。
またか、それが湧き上がる全ての感情だった。最近は接続回路が不安定なのかよくERRORが検出される。アップデートを重ねているとはいえ、この体はもう完全になる事はないだろう。
あとは残りの義務を果たすだけ。
造られた瞬間から出来損ないの不完全だった僕だけど、それでも与えられた業務をこなす事しか出来ないから。
廃棄所の前に立って、シャットダウンに手をかける。いつか僕も、素敵なAIになれるだろうか。いつか。
「僕を馬鹿にしてきた奴らに復讐を」
『不完全な僕』
最近彼が香水をつけ始めた。別に嫌いな匂いという訳では無いけれど、抱きついた時ふわりと甘い香りがするのに違和感がある。
「最近こーすいつけたの?」
「ん?あぁ」
「何の匂い?」
「……シャンプー、らしいけど」
「何その可愛い女子みたいな香水」
「お前偏見すご」
いつも通りのほほんとしたやり取りが続く。彼の心地よい声を聞いていたらふわふわ眠くなってきて、コテンと彼の膝上に寝っ転がった。と、香る匂い。
「……なんか、違和感ある」
「臭い?」
「臭くは無いけど……んー……」
「止めよか?香水」
「……うん、まんまの匂いが好き」
「分かった」
典型的なイチャイチャ。だけどこの時間が嬉しかったりする。彼の顔を見ながら話していたら、眠気に逆らえなくてゆっくり目を閉じた。
香水が元カノからのプレゼントなんて自分が知る由もない。
『香水』
ぽんぽん、と頭を撫でれば縋るように私の肩へ顔を埋めてくる。遠慮がちに私の服を握っていた手は徐々に背中へ回されていく。
周りの人が見たら、きっと君が責められてしまうだろうけれど、私は君が全部悪いなんて思えない。ゆっくり頭を撫でて、優しく背中を叩いて。
「……ひっ……ぅ……甘やかさないで……っ……」
君はそう泣きながら縋りつく。体は正直、なんて言い方はちょっと悪いけれどほんとにその通りだ。甘やかしてるつもり無いんだけどな。自分もさ、悪いところあったからお互い様でしょ。
「…………ごめ、ん、なさい……」
ずっと謝り続けないでよ。大丈夫、まだやり直せる。だって2人とも生きてるから。
謝罪は充分貰ったよ、ありがとう。今はただ、もーちょっとだけ私を頼って欲しい……なんてわがままかな。
『言葉はいらない、ただ・・・』
ボロボロのアパートの一角、インターホンなんて大層なものはなく、コンコンとノックがされた。
「……チッ、こんな夜中に誰だよ」
疲労と眠気と押し付けられた書類から、𓏸𓏸はノックをしてきた人間にやり場の無い怒りを向けた。
「……はい」
「…………あ、ごめん……寝てた……?」
不機嫌そうに扉を開けた先には、何故か息を切らしてベトベトに汗をかいた××がいた。実に高校以来、5年振りの再会である。
「……何しに来たん」
「えっ、とぉ……行く場所が無くて……?」
「……そんで元彼の家来るやつがおるか。その辺のネカフェでも泊まってろや」
「……1泊だけ!だめ……?」
そう言って××は覗き込んでくる。角度が危うい。汗で張り付いたTシャツは当時より成長した体のラインを強調していて、何とも目に毒だ。
「……とりあえずシャワー浴びてこい」
「ありがと!信じてた!」
「……服は新品のやつ出しとく。ブカブカでも我慢しろ」
「うん!」
歩き出した××が数歩歩いただけでふらりと倒れる。咄嗟に𓏸𓏸が支えたその手ですらも痛そうに顔をゆがめた。
「……お前」
「ご、ごめん!何でもない!シャワー浴びてくる!」
逃げるように浴室へ向かう××を見て思い出す。喧嘩別れでは無かったため、偶に連絡を取り合っていたのに一時期からピタリと生存報告が無くなったこと。そして痛みに耐えるような歪んだ表情。突然の訪問。
「……アイツ」
玄関の扉に鍵をかけ、××が好きだった夜食を作り始める。勝手に××の置かれている状況を想像して、勝手に体が動くのはまだ心のどこかで……そこまで考えて膨らむ思考を押さえつけた。
『突然の君の訪問。』