橋を渡った。ぴかぴかの飴みたいな橋。
貴方にそっと触れた。ぼろぼろ崩れていく体。
「今年も幻を追っていたの」
そう呟いた自分の声に返答は無い。1年に1度、今日だけは会えるはずなのに。
もう何年会えていないだろう。
空が灰色に染まって、ぱらぱら液体が降り注ぐ。来年の今日は紺色の空になってくれるのだろうか。
『七夕』
他人と見た目が違うから。
それだけの理由で今私はこうなっている。
私を罵る声。
私を貶す声。
私を虐める声。
私を、殺す声。
何もしていないのに。私は皆と見た目が違うだけなのに。何で、私、わたしは。
「大丈夫?」
「友だちになろう!」
そう言って手を差し伸べてきた1人の女の子。私は恐る恐るその手に触れる。
「えへへ、友だち!」
そう言ってぎゅっと私の手を掴んだ女の子の体が、目の前でどろどろと溶けていく。本当に泥になってしまったみたいに、どろどろ蕩けていく。
「化け物め!だからあれ程近付くなと言ったのに…」
「アイツが誘惑したんじゃないのか?」
「そーだそーだ!そうに決まっている!」
「娘を返して!」
……何で。私は何もしてないのに、何で、わたしは、
私は友だちが欲しいだけなのに。
『友だちの思い出』
ぴかぴか、きらきら。ぱしゃぱしゃと足音をたてながら川を歩く。周りに浮かぶ幻想の世界が自分をお出迎えしてくれていた。
もう行っちゃうの?
うん、もう行かないと。
そっか、おつかれさま。
ありがとう。
声というものはもう出せないけれど、そんな会話を出来た気がする。
天を仰ぐ。……天だと思うところを見た、の方が正しいかな。そこには偽りの星空が満開に浮かんでいる。星空にすごく似ている、何か。
あ、川が途切れてる。ごめんね、僕ここまでみたい。出口はあっち。僕の方は入口だから、間違えて入らないようにね。
それじゃあ、おやすみなさい。
『星空』
会社をクビになる人。
明日電車を乗り過ごす人。
学校で起こる不祥事。
全部分かってしまう自分はこの世界を面白いと感じられない。
「ここに存在している限り、面白いという感情は諦めた方がいいわ」
「たかが100年違うだけでまた先輩ごっこですか」
「センパイ、なんて言う概念面白いでしょう?」
「面白いっていう感情は諦めた方がいいんじゃなかったんですか」
「それとこれとは別よ」
この世界に不満がある訳でもない。かと言って満足している訳でもない。嫌な事があったとか、良い事があったとか、そういう次元では無い。
「とりあえず笑顔でいることが大事らしいわよ」
「……何のために」
「そんなの知らないわよ」
「…………はぁ」
「神様だけが知ってる、ってやつじゃないの?」
「……僕ら神様ですけど」
「そんなの知らないわよ」
自分の返答が気に食わなかったのか、つまらなそうにヒラヒラとどこかへ消えていった。
神様だけが知っている、なんてものはない。僕らも分からないのに。勝手に頼られて、勝手に願われて、勝手に僕らのせいにされる。
それが僕らの役目と言ったらそこまでだし、僕らを生み出したのは彼らの欲望や願望だ。縋るものがないと生きていけないのだろう?
……僕らだけが、神様だけが知っているよ。ほら、君の願いを言ってごらん。
『神様だけが知っている』
歩く。ひたすらに。
真っ暗な砂利道を突き進んでいく。後ろから聞こえる仲間達の足音。
「船長、まだ行くのですか?」
「この先にお宝があるかもしれんじゃろ」
「しかし……」
不安な顔を見せる船員達。道を進めば進む程徐々に聞こえる足音が減っていき、ざくりと砂利を一際力強く踏みしめて後ろを振り向けば、自分に話しかけてきた船員1人になっていた。
「船長」
「……皆居なくなってしまったな」
「僕もここまでみたいです」
「おう、お疲れ様じゃな」
「お先です」
船員の姿がふわりと消える。この道の先には何も無い、そんな事は初めから分かっている。もう既に自分達はこの世の者ではない、そんな事は分かっている。
「……もう少し、皆とまだ知らない事を知りたかったのぉ」
真っ暗だった空間が歪み、バシャリと音を立てて体が水の中へ沈んでいく。
深く、深く、真っ暗な空間に沈んでいく。
自分達の未来の先には何があったんだろうなんて少し考えて、そっと目を閉じた。
『この道の先に』