眩い日差しを真正面から浴びたのはいつ以来だろう。あの日以来、日光を浴びるのが怖くなってしまった。
真夏、日差しが照り付ける灼熱の暑さだった。うるさい程鳴り響く警音器と、色んな人達の悲鳴。自分の体に飛び散った、生温い液体。
真っ白なTシャツが赤く染まって、私は1人になった。
怖い。昼が来るという事が。昼という時間が。また誰か奪われる様な気がして、ずっと夜だったらなんて考える。
「あそこのお嬢さん両親を交通事故で亡くしたらしいわよ」
街を歩く私を気の毒そうに見ないでくれ。
「まだ若いのに……大変だな」
哀れんだ視線を向けないでくれ。
「……夜の仕事、してるらしいわよ」
昼外へ出られなくて、それしか生きる術がないの。
「…………本当に、残念だな」
うるさいうるさいうるさいうるさい。何もしてくれない癖に、口だけ噂だけダラダラ流して。
皆、日差しの中で消えてしまえばいい。
『日差し』
放課後のチャイムが鳴り響く。𓏸𓏸は予習に使っていたノートを、そっと閉じた。いつもの癖でちらりと窓に目をやる。
この時間帯は2階の窓から見える景色が面白い。急いで帰る者、駐輪場で話に花を咲かせている者、先生に叱られている者…。
𓏸𓏸が帰ろうと開けていた窓を閉めようとしたその時、
「𓏸𓏸!一緒に帰ろー!」
精一杯此方に手を振って叫ぶのは、幼なじみの××。腐れ縁、というやつなのだろう。小中高と相談もしていないのにずっと同じ学校で同じクラスなのだ。
𓏸𓏸はため息を1つ。階段を降りて××の所に歩いていく。
「久々なのに呼んだらすぐ来てくれるんだから〜!」
「……彼氏は?」
「今関係ないでしょー」
「……まぁええわ。はよ買えるぞ」
「はいはい、帰りまーす」
今日あった出来事をキャンキャンと話す××を、手馴れたように軽くあしらっていく。
「ねー、ちゃんと聞いてる??」
「はいはい」
「でねー、別れてさぁ」
「……あんな自慢しとったんに」
「…………んー」
「5年やろ。どっちから振ったん」
「……向こうから、女できたから別れてって言われた」
「そんなやつ別れて正解やろ」
「ん」
××は分かっていないが、実は裏で凄くモテているのだ。可愛くて面白くて、スタイルも良くて。こいつから彼氏がいなくなるのを待っている人もいるくらいなのだ。
「まぁお前ならすぐできんじゃねーの」
「彼氏はいいかなぁ……」
「ふーん」
「𓏸𓏸いるし!暇な時一緒に帰ろ」
「俺は暇じゃねぇ」
「いつも放課後暇そうに勉強してんのにぃ?」
「…………はぁ……」
「まぁいいや、ここまで着いてきてくれてありがとね!また明日!」
「おー」
ゆるーく手を振って××を見送る。窓越しに見た時より少し笑顔の増えた××を見て、いつの間にか𓏸𓏸の頬も笑っていた。
『窓越しに見えるのは』
ぷちりと切れた音がする。積み重ねてきたものが全て崩れ去った感覚。
「……そっか」
いつもより低い声の彼が落胆まじりな溜息を吐いた。このままでは隣に居られないと思ったから、言った。後悔はしていない。
後悔は、していない。
「…………一緒にいたかったけど」
後悔は、
「楽しかった」
……………。
ぷちりと切れた音がする。
運命なんて大っ嫌いだ。
『赤い糸』
ぽわぽわ、綿菓子みたいな雲が遠くに浮かぶ。自分の足元がふわりと浮いて、逆さに浮いて宙ぶらりん。
自分の頭上に浮かぶ入道雲。
手を伸ばしたらすかりと手をすり抜けた。
ふわふわ、ゆらゆら。
世界が、水面をうって、ゆれゆれ、
そういえば、
死後の世界は全てが反転して見えるらしい。
自分には関係ないけど。
『入道雲』
雨の降る東京の街。湿度が高く人混みの中傘が空を覆う。東京に詳しい彼の背中を頑張って追いかける。
耐えない人混みの中、スクランブル交差点の信号待ち。優しい瞳の彼と目が合って、柔らかなくちびるが一瞬重なった。
「……したくなっちゃったから」
行こ、と言って空いている手を握られる。なんで彼女でも無いのにこんなこと、恥ずかしくて顔が真っ赤に染まっていく。咄嗟に俯いた。
「どした、大丈夫?」
「……だいじょーぶ」
「そぉ?疲れたら言ってね」
酔いそうな程の人混みも、蒸し暑いこの夏も、2人の歪な関係だって、きっといつかどーにかなる。
『夏』