「初めまして!」
誰?
「えっとぉ……何者でもない何か……?」
ここは何処?
「んー……“ここ”ではないどこかかな」
何を言っているのかさっぱり分からない。目の前に広がる無限の白い世界。灯火みたいな光を放って浮かぶ黒い物体。この物体から少年のような声が聞こえる。
何でこんな事に。
「あ!せつめー忘れてた!分かりやすくせつめーすると!現実の君は今死にかけ君な訳だ。んで、僕が君のしょぐーをどうするか考えてる」
処遇……。
「死にたい?生きたい?……って言っても、もうほぼ死んでるから僕と会話出来てるんだけどね」
……まだ、生きたい。
「あー未練ある感じなんだ。そーだなぁ……ここまで死にかけてるってなるとー……」
もう間に合わない?
「前世の記憶持ちとして子供に転生させる事はできるけど……」
それでいい。まだしたい事がある。
「おっけー!んじゃーとばすね。もう“ここ”には来ちゃダメだよ!」
分かった。
「じゃあやり直そー!やり直しちゃおー!もーいっかい、“ここ”からね!!」
自分の中から意識が消える。目を開いた時には顔も知らない男女2人が心配そうに自分を見つめていた。
『ここではないどこか』
桜舞う卒業式。教え子達が門を出ていく。1人、1人、また1人。
自分が卒業した時もあの子と門を出た記憶がある。もう何十年も昔のことだけれど継ぎ接ぎに覚えている。
でも、悲しそうに笑った君の顔だけはハッキリ覚えている。あの日以来1度も会ってないし連絡も取っていない。
「もう会えないって、なんでそんな事」
「会えないの、ごめんなさい」
「会いに行く…会いに行くから……」
「……もっと早く出会いたかった」
線路を渡る君。電車が通り過ぎていく。向かいの道には誰もいない。まるで最初から誰もいなかったかのように。
君は僕の記憶の中でしかもう生きていない。
『君と最後に会った日』
「お姉様、」
「その呼び名はもうやめなさいと言ったはずです」
「……申し訳ございません」
女子校に特有の関係値。これ以上先へ進んではいけないという罪悪感と罪への興奮。1度触れたら全てが壊れてしまいそうな程、脆く儚い。
「××様、昨日の夜はありがとうございました。きちんとお礼がしたくて」
「じゃあ…………そうね」
「……?」
「𓏸𓏸、明日の放課後教室で待ってるわ」
「は、はい!」
脆く儚い百合達は今日も真っ白に咲き誇る。
『繊細な花』
「迎えに来るから、家で待ってるのよ」
そう言って出ていく母の背中を見送る。今日は甘いフルーツの匂いだった。つまり気合いが入っている証拠。1ヶ月は帰ってこないだろう。自分以外に何人同じお腹の子供がいるのかな、なんてぼんやり考えた。
やっぱり1ヶ月経っても帰ってこなかった。と言うかもう帰ってこないかもしれない。まぁやっと自分の男を見つけられたんだって少し嬉しかった。
……嘘、やっとあの人から開放されたんだって安心した。やっと、開放された。
母が出て行ってから1年。ピンポーンとインターホンが鳴る。
「はい」
「警察です。𓏸𓏸さんの連帯保証人にお名前が……」
…………まるでドラマの世界だ。本当にこんな事あるんだ。なんで自分が、
自分だけが、こんな目にあってるの。
『1年後』
勉強も嫌いじゃないし、運動神経が悪かった訳でもない。
小学校も中学校も成績は真ん中くらい。授業態度だけ無駄に良くて、先生達の眼中に入らない生徒。悪い事もしないし良い事もしない。
「𓏸𓏸さんなら出来ますよ」
……聞き飽きた。何回そのセリフを聞けばいいのか分からない。でも子供の頃は純粋だったから、いつか自分も“すごい人”になれると思ってた。
…………まぁ実際は決してそんな事ないのだけれど。
あの頃は良かったなぁなんて考える。
考えて、出した結論は。
全部終わりにして、子供の頃をやり直せばいいんだって、そう思った。
そう思ったから、僕は、僕を終わらせた。
『子供の頃は』