ゆかぽんたす

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7/19/2023, 1:10:27 PM

気づいたら、目で追っていた。
名前は“ヒロト”先輩。みんながそう呼んでるから分かったけど、どういう漢字なのかは知らない。10月生まれ、天秤座、O型。サッカー部のキャプテン。チーム1のムードメーカー……ではなくて、ヒロト先輩はあんまり笑わず、常に冷静な人。でもそこがいい。
ある日、グラウンドを横切る時にすごい歓声が聞こえて。何だろうと思って覗いてみたら先輩がいた。豪快なドリブルとシュートを決めて力強くガッツポーズをした瞬間を見た時、もう私の目は先輩から離せなくなっていた。成程これが一目惚れなのかと思った。

相も変わらずにサッカー部の練習を眺めていたある日。ドリブル練習をしていた先輩が不意に顔を上げた、その時にばっちりと目が合った。先輩が私のことを見た。初めて目が合った。それだけでもう心臓が大変なことになっているのに、なんと先輩が、笑ってきたのだ。こっちに向かって。嘘でしょう。勝手に独り言が出ていた。憧れの先輩がこっちを見て笑っている。想定外のことが起きて、どうしていいか分からなくなってしまう。手でも振ってみようか。ゆっくりと右手を上げた私のすぐ後ろから、ヒロト頑張れーと声がした。先輩の名だ。先輩はそれに反応して手を上げる。まるで私に振ってるかのようにも見える。
ちょっと待って。もしかして、と思って振り向くと、そこには女子生徒が1人立っていた。その人も手を振っている。
「……え?そう、なの……?」
もう頭の中のことが全部、言葉に出てしまっていた。2つ分かったことがある。1つめは、想定外のことが起きるとどうしていいか分からなくなってしまう、プラス、思ったこと全部口に出てしまう。
2つめは、先輩の視線の先がこの女の先輩だったということ。
その人は私の横を通り過ぎヒロト先輩のもとへ小走りで駆けていく。それはそれは幸せそうに。
なんだ、私じゃなかったんだ。やっぱりね。そりゃそうか。この一連の感情ももちろん、口から出ていた。けっこうな独り言を呟きながら、私はグラウンドから離れた。さようなら、私の初恋。

7/18/2023, 1:37:00 PM

「久しぶり」
2年ぶりに再会した貴方は相変わらずだった。髪型も喋り方も、笑った時にすぐに手を叩く癖もあの時のまま。少しも2年の月日が経ったことを感じさせない。
「まさかうちの新たな取引先にお前が勤めてるなんてな」
「ね、私もびっくりした」
劇的な再会をしたのは私の会社のエレベーターホールの前だった。フロアガイドを眺めていた男性に、ご案内しましょうかと声を掛けた。その男性こそが、まさかの元彼である貴方だったなんて。

「ぜんぜん知らなかったよ。でもまぁ、俺ら別れた時がギリ大学生だったからお互いの就職先なんて知らないよな」
彼の言うとおりで、私達は大学の時に付き合い、そして別れた。4年になったばかりの春のことだった。その後はお互いどうなったかも今の今まで知らなかった。共通の友人がいたわけでもなかったし、何だかんだで忙しない日々が続いていたから。だから、まさかこんな形で再会するなんてびっくりした。
「元気にしてる?」
「うん。そっちは?」
「毎日営業まわりで大変だよ。怒られてばっか。心折れそう」
そう言う割には彼はどこか生き生きしている。きっと仕事が楽しいのかな。そんなふうに思った。何事にもポジティブで、一生懸命で。だから私は好きになった。この僅かな時間話しただけで、あの頃のことが鮮明に蘇る。そして今も未だ、彼のことをほんのり慕う自分がいることに気付いた。
「まぁ若いうちは色々経験しとけって先輩が言うからさ。当たって砕けろで頑張ってる」
「あはは、なんかそーゆうとこ貴方らしい」
「本当、それ自分でも思うわ。いやぁ、お前と話せて良かったよ。今度ちゃんとゆっくり話そうよ」
「いいね」
気取った返事をしてみせたけれど、内心は胸が高鳴っていた。と同時に確信してしまった。私はまだ、貴方が好きだということに。また会う約束をしてくれるということは、少なからず相手も気持ちがあるということだ。まさか私のことを、ずっと思っていてくれたのかな。変な期待をしたら駄目なのに自分に都合のいいように考えてしまう。駄目だ、思い上がるな。へらりと笑って相槌を打ちながら、一応は自分を牽制する。でもそれは正しかった。次の彼の言葉が私に冷や水を浴びせた。
「俺、来月結婚するんだ。だから会うのはそれ以降でいいかな?」
目尻を思いきり下げて、頭を掻きながら彼が言った。唐突すぎで、私は今どんな顔をしてるんだろう。目の前に笑った彼がいるけれど、同じように笑えてるんだろうか。
まるで私だけがここに取り残されているような感覚。きっと2年前から私は立ち止まっていたままだったのかもしれない。今日の今日まで彼の連絡先を消せないままでいたのがその証拠だ。自分が思うよりずっと、こんなに未練を感じていたなんて。
「お幸せに」
祝福の言葉をなんとか紡ぐ。彼はもう一度照れくさそうに笑った。その大好きだった笑顔は、私にはもう残酷にしか映らない。

私だけ、置いてけぼり。




7/17/2023, 1:23:34 PM

その子はまるで真夏に咲くヒマワリのようだった。


転校初日。クラスの第一印象ははっきり言って“ひどい”ものだった。教壇の上で自己紹介する僕に誰も目を合わせようとしない。寝てるヤツ、読書してるヤツ、スマホでゲームしてるヤツ。ソイツ等もひどいけど、注意しない担任もどうかと思った。そんなわけでとりあえず、新しい学校生活には夢も希望もわかなかった。

でもそんな中に彼女がいた。僕は彼女の隣の席だった。初日から筆記用具一式を忘れた僕に親切に貸してくれた。シャーペンも消しゴムも定規も、何もかもが黄色。良く見れば、彼女の長い髪を1つに纏めているヘアゴムも、片耳に付いているピアス(この学校の校則ではセーフらしい。もう学校全体がひどいんだと思った)も、彼女が持っているもの身につけているもの全てが黄色だった。
彼女はいつもにこにこしていて、僕が見る限り真面目に授業を受けていた。周りがこんなに粗悪だと言うのに、1人だけ凛としていた。まるで夏の、真っ直ぐ伸びるヒマワリのようだと思った。

『ここが世界の全てじゃないから』
暫く経ってわりと彼女と仲良くなってから僕は、どうしてそんなに真っ直ぐでいられるのかと聞いたことがある。そうしたら、彼女は笑いながらそう答えた。成程と思った。彼女はずっと遠いところを見ている。こんな、長い人生の中のほんの僅かな時に意識を向けて思い悩むようなことをしないのだ。彼女は僕よりもずっとずっと大人で、自分を持った人だった。僕は彼女が眩しいと思った。

あれから十数年。彼女はどうしているだろうか。結局、彼女と一緒に過ごせたのはあの1年だけで、学年が上がった翌年はクラスが離れてしまった。そうこうしているうちに彼女は海外へ留学し、向こうの大学に入り、今や世界を相手に活躍しているらしい。

夏がくるたび、街でヒマワリを見るたびに思い出す。たった1年だけの関わりだったけど、僕の記憶の中ではずっと枯れないヒマワリとして遺っている。またいつか、どこかで会えるだろうか。遠い日の記憶を今夏も辿りながら、そんなことをひっそり思った。

7/16/2023, 12:49:31 PM

「心理テストね」
部活の休憩時間中、隣でポカリを飲みながら葵ちゃんが言った。
「空を見上げて一番最初に心の中に浮かんだのは誰か想像して」
「うん」
「実はその人は……あなたにとっての運命の人でーす」
私の返事の後、数秒間待ってから再び葵ちゃんが嬉しそうに言った。そんなことだろうと、思った。
「これね、今月号の中に書いてあった。あとで貸すね」
葵ちゃんがお気に入りのティーン雑誌。ファッションとか恋愛のことが書いてあって、クラスの女子ほとんどが知っている。葵ちゃんは私にも貸してくれるけれど、私は別にみんなのようには感動しなかった。それでも、申し訳ないと思って毎回貸してくれるのを断らない。
「でもね、当たってると思ったんだあ、これ。だって私、燈矢先輩のこと思い浮かべちゃったから」
にこにこ、でもちょっと照れながら葵ちゃんが言う。そして、同じ体育館の中にいるバスケ部の方に目を向けた。葵ちゃんの口から出た名前の人がちょうどスリーポイントシュートを決めたところだった。
「やっぱかっこいいなあ」
葵ちゃんがため息混じりに呟く。漫画の世界だったら、目はもうハートマークになっていると思う。先輩が動き回る様子を目で追っては、かっこいいを繰り返す葵ちゃん。恋する女子の顔だ。私は、こんなふうに素直に感情をぶつけられない。そこは羨ましいと思う。
「ね、菜摘は誰を思い浮かべたの?さっきの心理テスト」
「私は……、お父さん」
「えーうそ!何それウケる!」
私の答えを聞いて、葵ちゃんは手を叩いて笑い出す。
「じゃー菜摘の運命の人はお父さんになっちゃうじゃん」
「そういうことになっちゃうね」
「なんだーっ、この心理テストあんまり当たらないのかなあ」
さすがに言えなかった。くりっとした可愛らしい目を向けられて、葵ちゃんの気持ちを知ってるのに、本当のことなんて言えるわけがない。
葵ちゃんが再びバスケ部のほうに視線を戻した。でも、私たちの部長が集合の合図をかけたので集まるべく走り出す。私も葵ちゃんの後を追った。追いながら、バスケ部を見た。燈矢先輩が私を見ていた。こっそりと、私に手を振る。私も、前を走る友達に気づかれないように、そっと手を振り返した。

いつかは、バレるのかもしれないけれど、まだできるのならば隠していたい。それが葵ちゃんの為になるだなんて、そんな上から目線な考えはしないけれど。

まだ私には、友情を壊す勇気がない。

7/15/2023, 12:21:27 PM

「もう、終わりにしよう」
夜の東京を一望できるレストラン。コースの最後に出てきたデザートにフォークを刺しながら、彼女が言った。
「意味が分からねぇな」
「だから、もう別れましょうってこと」
「そういうことじゃねぇよ。何をもって、そんな寝惚けたこと言ってんのかって聞いてんだ」
別れたがる理由に心当たりも何もない。暫く黙り込んで彼女はケーキを一口、口に運ぶ。実に不味そうに食いやがるな、と思った。
「……もう、好きじゃなくなった」
「嘘だな」
「じゃあ、好きな人ができたの、私」
じゃあって、何だよ。嘘をつくならもっとマシにつけないのか。そもそも、嘘をついてまで俺と別れたいのか。彼女の意図が全く読めない。深くは問い詰めないが、代わりに、「断わる」とだけ答えた。もっと正当な、こっちが納得するような理由じゃない限り、そんな狂言は認めない。
「……聞いちゃったんだよ」
「あ?」
「海外赴任の話をもらってるんでしょう……?」
もう彼女はケーキを食べるのをやめてしまった。こちらをじっと見ている。灯りの弱い店内でも、目が充血しているのが分かる。
「おめでとう。すごい、大抜擢だね。向こうでも頑張ってね、だから――」
「だから、私はそんな遠い距離に絶えられないから別れてほしい、と?」
「……」
「お前の俺への愛はその程度なのか?」
彼女は目を伏せきゅっと唇を噛む。こんなに綺麗な景色と豪華な料理だったというのに、その顔は何だ。そんな顔をさせるためにここへ連れてきたんじゃない。
「本部にはもう答えを出した。こっちの引き継ぎなりを済ませて、2ヶ月後には日本を発つ」
「そう、なんだ」
「だからその2ヶ月の間にお前の苗字も変える」
数秒間の沈黙。淀んでいた彼女の瞳が次第に大きくなっていく。口まで半開きになってとんでもなく阿呆面だった。うっかり笑ってしまいそうになる。それをなんとか堪えて、胸ポケットから小さな箱を取り出しテーブルに置いた。
「お前も一緒に来い」




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