「もう、終わりにしよう」
夜の東京を一望できるレストラン。コースの最後に出てきたデザートにフォークを刺しながら、彼女が言った。
「意味が分からねぇな」
「だから、もう別れましょうってこと」
「そういうことじゃねぇよ。何をもって、そんな寝惚けたこと言ってんのかって聞いてんだ」
別れたがる理由に心当たりも何もない。暫く黙り込んで彼女はケーキを一口、口に運ぶ。実に不味そうに食いやがるな、と思った。
「……もう、好きじゃなくなった」
「嘘だな」
「じゃあ、好きな人ができたの、私」
じゃあって、何だよ。嘘をつくならもっとマシにつけないのか。そもそも、嘘をついてまで俺と別れたいのか。彼女の意図が全く読めない。深くは問い詰めないが、代わりに、「断わる」とだけ答えた。もっと正当な、こっちが納得するような理由じゃない限り、そんな狂言は認めない。
「……聞いちゃったんだよ」
「あ?」
「海外赴任の話をもらってるんでしょう……?」
もう彼女はケーキを食べるのをやめてしまった。こちらをじっと見ている。灯りの弱い店内でも、目が充血しているのが分かる。
「おめでとう。すごい、大抜擢だね。向こうでも頑張ってね、だから――」
「だから、私はそんな遠い距離に絶えられないから別れてほしい、と?」
「……」
「お前の俺への愛はその程度なのか?」
彼女は目を伏せきゅっと唇を噛む。こんなに綺麗な景色と豪華な料理だったというのに、その顔は何だ。そんな顔をさせるためにここへ連れてきたんじゃない。
「本部にはもう答えを出した。こっちの引き継ぎなりを済ませて、2ヶ月後には日本を発つ」
「そう、なんだ」
「だからその2ヶ月の間にお前の苗字も変える」
数秒間の沈黙。淀んでいた彼女の瞳が次第に大きくなっていく。口まで半開きになってとんでもなく阿呆面だった。うっかり笑ってしまいそうになる。それをなんとか堪えて、胸ポケットから小さな箱を取り出しテーブルに置いた。
「お前も一緒に来い」
7/15/2023, 12:21:27 PM