ガルシア

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6/15/2024, 3:42:55 PM

 思えば、俺の好みは周囲と多少ズレていたかもしれない。というのも元々外で遊ぶより図書室で本を読むのが好きな子どもだったし、そりゃ他よりもたくさんの本を読んでいたわけで、気がつけば挿絵のない小説へ、気がつけば一ページあたりの文字数も減り、高学年になったころには、小学生には難しい言葉遣いばかりの海外文学なんかに手を伸ばしていた。
 そんなだったから友だちと本の趣味は合わなかったし、それで険悪になることはなかったが感想を共有できない孤独を抱えていた。おまけに、どういうわけか俺の選ぶ本は暗い結末が多いことも差を生んだ要因に思う。中途半端でご都合主義な救いで終わるくらいなら、道半ばで命を落としたものの本人は幸福の中で眠った、とかそういう救いの方が好みなのだと気がついたのはつい最近のことだ。
 しかし、高校に上がるとひとりだけ理解者と呼べる友だちができた。俺が読んだ本はほとんど読了済みだったし、彼から勧められたものはことごとく俺の好みのど真ん中を撃ち抜いてきたのだ。ここまでの孤独に耐えたのはきっと、彼に出会うためだったのだろうと思うほど。
 今思えばあのときの俺はおかしかった。どこか神秘的な雰囲気をまとった彼を信奉していたし、それは恋心にすら近かったと思う。それだけ彼の存在は俺の中で大きかったのだ。彼のためなら死んでもいいと本気で考えたこともあった。もしくは、そこまで他人を想う自分に酔っていたのかも。
 終わりを告げたのは高校卒業と同時に。地方の大学へ進んだ彼と会う機会はめっきり減った。メッセージのやりとりは続けていたが、やはり顔を合わせて話すよりもずっと熱量が足りなくて満足できなかった。少しづつ心の底のマグマが冷えていく感覚に襲われながら、ついに我慢できず彼の進学した大学の近くまで電車を乗り継いでしまったことがある。
 久々に見た彼の面影は変わらないながらも、隣にいる友だちらしき人に向けていた顔は全く俺の知らないものだった。あんな柔らかい、普通の人間みたいな笑顔、俺には見せなかったくせに。高らかに笑って人の腕を叩くような馴れ馴れしい仕草だって見たことがない。とても声なんてかけられなかった。
 中途半端でご都合主義な救いが欲しいなんて生まれて初めて願ったよ。


『好きな本』

12/15/2023, 7:01:27 PM

 重い布団を持ち上げてひんやりとした炬燵に足を滑り込ませる。電源を入れたばかりのそれはぬくもりの記憶を裏切っていて、たびたび新鮮な気持ちになることを以前の冬ぶりに思い出させられた。すっかり温められた安心感に包まれるのも良いが、じわじわと熱で解けていくのを楽しむのも趣がある。
 日によっては氷点下を記録することも増えたというのに、まだ私の住む地域は初雪を迎えていなかった。その代わり雨は降る。現に今も窓の外は細い雨粒が地を叩いていたのだが、いっそ雪になってくれやしないか。
 別に雪が好きなわけではない。そもそも寒いのは嫌いだし、雪が降っていると余計寒い気がしてくるし、足元が滑るのもブーツやズボンが雪にまみれるのも嫌いだ。
 ただ待っているだけ。それだけなのだ。


『雪を待つ』

12/14/2023, 3:43:07 PM

 うるさい。痛い。不快だ、厭だ、さっさと消えればいいのに。
 目の奥を深く突き刺すような光から目を背けながら、競歩のような速度で石畳を鳴らす。いっそサングラスでもかければいいのか。夜にサングラスをかけた変人だと思われるのがマシか、この苦しみに耐えるのがマシか。
 やっと極彩色の電球たちから解放されて瞬きを繰り返す。視界の中を形のない影が漂って、彩度や明度をごちゃごちゃにいじったような不快な色彩が広がっていた。普段は節電を勧めてくるくせに、こんなにビカビカと光らせている。つくづく愚かしい。
 こんなものの何がいいのだろう。恋人と見る価値はあるのか。飾りつけるのは家の中のツリーで十分だ。
 早く終われ、イルミネーション。そしてファッキン、クリスマス。愛しているよ二十六日。


『イルミネーション』

12/11/2023, 5:01:43 PM

 きゅっ、と艶やかな唇が引き結ばれる。小さな白い手が首に伸びては、細い指が喉元を何度も撫でた。
 きみは照れるといつもそうする。自覚があるのかは知らないが、全く気にしていない素振りを演じる様はいつ見ても愛らしい。平静を保っていても少しぎこちなくなる言葉に乱れてもいない髪を整えようとする指、震える長い睫毛。
 そこまでして隠そうとするくらいなら、早く俺にすがりついてくれればいいのに。今の男なんてさっさと捨てればいいのに。俺が少し褒めるだけであんなに可愛い顔するくせに、きみは情だけであんな男の隣に立ち続けてる。
 その愚かさすらも愛おしいのだから、きみが自分の信念を曲げてまで情けなく手の中に転げ落ちてくるときは、どんなに可愛いのだろう。


『何でもないフリ』

12/9/2023, 6:38:05 PM

 革手袋を外した手に触れるたび、その生々しい体温に内心驚いてしまう。彼から感じる人間らしさとアンバランスで、少しかさついた節の目立つ指も含め、精巧な人形に本物の人間の手がついているかのような違和感を覚える。
 ぐっと手を引かれて躓きそうになり、顔を見上げると薄く笑っていた。無言のお叱りに心にもない謝罪を呟きつつ体を寄せ、手のひらを擦り合わせながら指を絡める。満足そうに甲をくすぐられたので爪を軽く立ててやった。
 思えば手を繋いだことなんて今まであっただろうか。手首を引かれたり革手袋越しに握ることはあっても、こうして直に手のひらを合わせるというのは初めてかもしれない。この手に触れられたことは幾度となくあるのに、手を繋ぐなんて恋人じみた行為はしたことがなかった。
 互いを縛る権利など私たちには不必要だと思っていたが、どこか楽しそうな横顔を見るに、どうやらあってもいいものらしい。ほんの少しだけ握る手に力を込めた。


『手を繋いで』

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