泡沫

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7/11/2023, 9:23:54 AM

夕焼けを見る。
青白く眩しかった空は、堕ちた太陽の光に当てられて橙に濃く染まっている。
私の足元にも、暗く深い影が静かに佇んでいる。まるで私のじゃないような深淵。夕焼けが生み出した暗闇。でも、この時間は嫌いじゃない。
でも、私はこの時間を捨てなくてはいけない。いつまでも過去に縋って、よろよろと一人で歩いているなんてみっともない。でも、
「そんなこと出来てたら、もうここには居ないんだよなあ」
誰もいない公園で、一人。誰にも届かない声は、 どこにも行かず一人で消えた。それは、いつまでも一人になれない私の結末を模しているようで、また勝手に堕ちていく。心にいる君から離れられず、もう会わないと決めた事実から目を背けて、もう嗅げないコーヒーの匂いに思いを馳せる。私はずっと、ブラックは飲めなかったな。
君は何をしているだろうか。元気にしているかな。勉強で苦手な所はどうしてるんだろう。後輩とは仲良くしているかな。いつものカフェで背伸びして飲んでたコーヒーに砂糖を入れる二人の時間が楽しかったな。君は、時間が経つにつれて入れなくなっていったけれど。
もう学校で挨拶も出来ないけれど。一緒に帰るのも、あの先生の愚痴を言い合うのも、帰りにスイーツを食べるのも。全部、もう。
私は卒業したら、同棲するかもなんて思ってたよ。君はいつまで同じ気持ちだったかな。いつからすれ違ったかな。また、なんてね。
もう夕焼けは街中に溶けて、白く輝く月だけが辺りを優しく見守っていた。でも、今だけは見逃して欲しい。顔を上げている私を見ないで欲しい。こんな姿を見られないように。目元に浮かぶそれを反射させないように。
いつも、目が覚めたら君がいるんじゃないかって、教室で寝る癖が付いてしまった。もう責任を取ってくれる人はいないけれど。
辺りはすっかり暗くなった。迎えも来ないし、来るわけないから、ひっそりと一人帰路に着く。

2/1/2022, 1:48:00 PM

夕焼けに染まる思い出の地。
あの頃はまだ幼かった二人が、たまたま近所の公園で会っただけだ。
何度か会う度に、話して、遊んで、仲良くなって。一緒に笑い合う日も怒る日も、肩を並べて戦う日もあった。
別に約束をしていた訳じゃない。でも不思議と二人は顔を合わせた。嬉しい日も、喧嘩した後の日も、寂しい日も。
約束、しておけば良かったな……
何も結んでないくせに、会える事が当たり前だと勘違いし、唐突に関係は終わる。
一人が来なくなった。まあよくあるこの後出会う為の別れみたいなものだ。子供は何も聞かされず、唐突に今までの人生が変わった。隠蔽は大人の得意分野だからだ。だから、離婚し家族がちりじりになることも知らなかった。
本当に再会出来たら、良かったけどなあ……
物語のような上手い話なんか無く、それからまた公園に戻ってきたのは大人になってから。今じゃ堅苦しいスーツなんか着て、ブランコに子供みたいに座っている。
もう子供は帰る時間だ。夕焼けは徐々に夜へ。そのせいか気分は下がっていった。
せめて伝えることが出来たらな……
今まで、会って笑った絆は積み重なっても、約束が無ければ、言葉が無ければ結びは無い。大人のせいだろうが、言われてない方には裏切りも当然だ。
裏切り者の気持ちを表すかのように、夕焼けはもうすぐ溶ける。残りの明るみはもう、すぐに落ちてしまうだろう。
影が薄く伸びるのは、今だけだ。

1/30/2022, 4:36:47 PM

そよ風が頬を撫でる。
道端の花びらは舞い、視界は一瞬桃色に染る。
もう、この道のこの景色を、二人で見ていない。新しい気持ちで、胸が弾んで、不安を抱えて、希望を抱くはずのこの季節をぼんやりとした頭で少し俯いて歩くだけ。
周りの人達が皆輝いていた。その眩しさに失明しそうで、思わず目を逸らす。
歩く足が少し速くなる。家までの帰り道も、こんなに距離があったのかと、頻繁に思うようになった。
横を赤いバイクが通り過ぎる。
車通りの少ないこの道に通るなんて、と少し物珍しさを覚え、どうでもいいとかぶりを振った。
ボロアパートに着く。君がいたから、ここでもやれると思っていたのに。いなかったら安いだけが取り柄の狭い部屋だ。
君がいたから、狭さも窮屈さもメリットになったのに。君がいたから、頑張れていたのに……。
なぜ今日に限ってこんなことを思うのか。それはいつも、今まで思っていた事だった。
そう思っていた自分を刺して、殴って、殺した。何度も、きっとそうしてきた。
ああ、と。この歳まで生きるとなかなか賢くなるようで、もう察した。いやでも、今日まで我慢して、押し殺していたのだから、賢くなんてない。
玄関の扉の前まで着くと、チラシで溢れた郵便受けの中に、見慣れないハガキがあった。
しっかりと自分の名前が、書いてある。
ボーッとしてそれを取り、乱暴に玄関を開け、帰宅する。
物を適当に置き、水を火にかけてからさっきのハガキを見る。
そこには、君からのメッセージ。
──あ
声が漏れた。なんで今日なのか。辛くてしんどくて生きたくないと思った今なのか。
なんでも聞いてくれて、慰めてくれた君らしいと思って、でも自分勝手な君に少し怒って、それから安堵が身を染めた。
数年前、突然居なくなり、それから連絡のなかった君。聞きたかった、ずっと聞きたかったその事情がそのハガキに書いてあった。
病気だった。治るかも分からず、心配をかけまいとした行動だったと言う。
──ダメだ。もう、読めない。
涙が視界もハガキも覆う。ボタボタとハガキの上に落ち、文字を滲ませた。
そんなこと、知るかよお……
伝えて欲しかった。生きていてよかった。勝手にいなくなった。無事で良かった。
感情が涙になって溢れ出す。感情は喜怒哀楽のようにハッキリと境界線なんてない。ごちゃ混ぜになって私の中をグルグルとしている。それでも一番は安堵だった。
こんなにした責任は取って貰おう。
文字は滲んでしまっても、最後の一文は読めた気がした。
同じ気持ちだ。それを伝えたい。
あなたにも届けたい──
帰ったばかりの家を飛び出す。いい歳した大人が、子供のように泣いて、笑顔で走っている。傍から見れば引いてもおかしくなんてなかった。それでも、抑えることは出来なくて、もういいや、今だけ許せと開き直った。
青空。新しい生活が始まるこの季節に、止まった時が動き始める。

1/24/2022, 1:15:50 PM

学校帰り。突然、君が海に行きたいと言うので着いていった。
テスト後の放課後なら分からなくもないけれど、今日は全く普通の六時間放課なのだ。
電車に揺られながら、隣を見る。
ガラガラの席に座らずに、ドアの窓からボーっと景色を眺めている。だがその目には景色を写していないように感じる。
その姿に、思わず口を噤む。茶化す雰囲気でも無いし、事情を聞けるような様子でもなかった。
ただ、電車に揺られて駅に着くのを待っていた。
冬の海。潮風が冷たく吹いていて、とてもじゃないが冬に人が来るような所ではなかった。
その砂浜を、ただ無言で前に進む君。
靴が海に入りそうで、少し止めようと思ったが、寸前で立ち止まる。
しばらく、無言の時間。
ザザーっと、海の音だけが二人の空間を支配していた。
あのさ、聞いてもいい?
海の音に負けないようにしたからか、思ったよりも大きな声が出てしまった。
君は無言のまま、こちらを振り返りもしない。だから、そのまま続ける。
ここに来たいって、思った理由をさ。何かあったのか、聞いてもいい?
足元が浮遊したような変な感覚に囚われる。うまく立っているだろうか、うまく言葉を発しただろうか。
少し、振り返る。すっかり日が落ちるのが早くなり、黄昏時も、いつもより早い。その夕焼けに包まれて、橙色の逆光に染まる君の顔はよく見えなかった。
今はさ──少し忘れたいから、後ででもいい?
海の音に負けそうな声で、そう聞こえた。
無理に話さなくていいから、気が済むまでここにいよう
そう言った後の君の顔は少し、笑っただろうか。
さっきまで乾いていた君の足元は、塩水に濡れていた。
二人で、黄昏時が終わるまで水平線を見ていた。

1/21/2022, 4:12:50 PM

昔、嫌な事があった。
行動を否定され、言葉を否定され、笑顔を否定され、身体を否定され、考えを否定された。
オマケに趣味も好きな事も認めてはもらえなかった。
そのせいか、はたまた元々の性格か。人に対して、簡単に心を開かなくなった。とはいえ、ぶっきらぼうにしている訳じゃない。人と話すし、冗談も言うし、ツッコミも入れる。ちゃんと話して、ちゃんと笑う。でもどこかで、不安になっている。人と関係を保つことに。こいつらといることに。
長い関係も、短くも沢山遊んだ関係も、趣味が合おうとも、関係なんて意外と簡単に壊れる。
付き合いが長ければ長いほど、悪い所が見えてくるのだ。
それは自分のも。相手に嫌なところが伝わっていく。
どう思われているのか怖くて、不安で、自分の嫌なところはどうか気になって、本音なんて晒せない。
でも話さなければ分からないと分かっている。勇気もないのに、矛盾ばかりを抱え、頭を勝手に悩ませる。
だからさ、あまり人と関わるのを控えているんだ
ありったけの勇気で君に伝える。
弱ったところを見られて、もうどうでも良くなったのか、案外本音はポツリと、そしてドバドバと溢れた。
溜め込んでいた。誰にもいえずに、ただただ呑み込んで、消化なんて出来なかった。
君は悩んでくれて、真剣に聞いてくれて、ふわりと笑った。
そして、言葉を紡ぐ。

肯定をしてくれた。それでいいと言ってくれた。その優しい目で、柔らかな口調で、微笑んで。
ああ。それが欲しかったのだ、と。
味方が欲しかった訳じゃない。共感が欲しかった訳じゃない。ただ、自分を知る誰かに本音を言って、肯定して欲しかった。
でもそんな関係は簡単に作れないし、そんなもの今まで無かった。
ポツリと水が垂れる。頬を伝って、膝へ落ちる。
止まらなかった。流れに身を任すように泣いた。欲しかった言葉に、ただただ。
ありがとう
君のおかげで、少し胸が張れそうだ。
今日のこの夜は、絶対に忘れられない時間だ。特別な夜だ。
こんなことを思うなんて、本当に浮かれてるらしかった。



ふわ、と淡い光がうまれ、消えた。
悩んでいるあなたに寄り添うのが、少し遅かった。
一緒に、いてあげられなかった。
空の星に混じる光を見届けて、腰をあげる。
あなたの笑顔、好きだよ。
最後にみせたその笑顔を、きっと忘れることなんてない。
あなたの誕生花をそこに置いて、踵を返す。
少し不思議なことがあった、特別な夜を後にして。

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