明日!みんなで雪見に行こうよ!
この辺には珍しく、雪が積もるほど降った日の午後、君はそんなことを言い出した。
積もりすぎていて、親が迎えを出してくれると言うので学校で待っているいつものメンバーが、言い出しっぺを除いてキョトンとしている。
これじゃ、明日も降ってるんじゃない?
彼女が思考を取り戻した。その言葉をきっかけに、一斉に窓の外を見る。本当に驚くほど雪が降り続けている。
こりゃとんでもない積もり方するな……
苦笑して彼がコメントを零す。
そんなことないよ!それにどうせ明日の学校なんて無いでしょ!行こう?!
雪がそんなに嬉しいのか、彼女のテンションがやけに高い。
まあ確かに、学校がないのはそうだし嬉しいけどさ……
そう呟くと、二人がこっちを見て頷いて、
寒いよ〜
と三人で口を揃えて言った。
今年は異常に寒くなるのが早かった上に、例年よりも冷え込んでいる気がする。その上で雪なんて、日本全体が冷蔵庫と化していると言っても過言ではないだろう、多分。
も〜!絶対綺麗だよ!あの丘!
それは、四人が好きな場所。小さい頃から集まっていた、なんて小説みたいな関係ではないけれど。君が誘ってくれたその丘をきっかけに、四人は集まった。暇つぶし、人間関係の為、断りきれないから。人により事情はあれど、そんな事情も無視して君は誘った。そんな君に惹かれて三人は集まれた。でも友達の友達って訳じゃない。みんなそれぞれ笑い合うし、冗談も言うし、嫌なことは言える。
漫画みたいな関係って築けるのだと、時々振り返って感動する。
そんな君の言葉だから、なんだか大丈夫な気もしてくる。
あの丘、確かに雪景色の時はめちゃくちゃ綺麗だろうな……
そうかも。この三年間、雪景色だけは見たことないよね
確かに……
ね!ね!?と目を輝かせて跳ねる君。その姿に三人で苦笑して、行ってみようか、と顔を合わせる。
嬉しそうに笑う君を見て、それだけで良かったと思えてしまうのは、きっと甘いのだろう。
じゃあこの時間に──
そう決めて、みんなで時間を決め、確認し合う。
決め終わって少ししたところで、各々迎えの連絡が来た。
じゃあ、また明日ね
うん、また明日
朝起きると、凍えるくらいの寒さが肌を刺す。布団に丸まっていたいけど、約束があるからと気合いで起きる。
案の定学校は休み。電車がまだ動かないままなのだそうだ。
身支度を整えて玄関を出る。
行ってきます
いつもの学校より早い時間に家を出る。その姿に、親は少し驚いていたけれど、直ぐに行ってらっしゃい、と声をかけてくれる。
玄関のドアを開ける。
冷たい空気が身を包む。白い息を吐きながら見た、目の前のいつもの景色はとても綺麗だった。
雪が光を反射して、キラキラと輝いている。白い絨毯が、街を覆っていた。
手に持っていた傘を自転車にかける。さすがにこの雪の中自転車は漕げないな。
少し暖かな冬晴れが雪を照らす。本当に晴れたことに、改めて感心する。
もう出た?ほら晴れたでしょ!
そのメッセージを確認して、微笑む。
こんな日も良いな、と冬晴れの青空を眺めて返信を考える。
今出たよ。本当に──
寒い寒い
ってかじかんだ手を自分の息で暖める君の姿を見ると、もうこんな季節なんだなって実感する。毎年防寒具を忘れてくる君。毎年恒例になってきたやり取りをする。
手袋は?って聞くと忘れてきたと。
マフラーは?って聞いてもどこかにいっちゃった、なんて言う。
だから、貸して?
少し赤くなった頬で、耳まで赤くして悪びれもなくそんなことを言う。
段々と寒くなって、今日なんかは肌を刺すように寒い。空は青く澄み渡って、太陽も出ているのに太陽の光なんて無いみたいに冷えている。
そんなこと、もう十八年も生きてるのだから分かるでしょ……。
そう言うと、えへへ、と頭をかいて笑う君。少し苦笑いして、
マフラーと手袋、どっちがいい?
そう聞くと、少し悩んで、
手袋!
はいはい、と手袋を貸してやる。すると、途端に手が冷たくなっていく。これは相当やばいな、手袋の偉大さを知った。早急に手をポケットの中に入れ、入れて置いたカイロを掴み取る。登校中にポケットで暖めておく作戦が……。そんなことを思って、いや毎年思ってるな……と苦笑する。
手袋を借りた君はぬくぬくとして満足そうに首に手をやる。そうか、そうすれば小さいマフラーぽくなるのか……なんて感心してしまった。
君と歩くこの朝の道も、なんやかんや冬が一番好きだったりする。君の困った顔も、いたずらっぽく笑う顔も、その赤くなる頬も耳も、見ていて飽きないから。
あー!カイロあったの!?
持っていたカイロの存在に気づく。目を丸くして、直ぐにカイロに手を伸ばそうとする。
手袋貸したでしょ!
マフラー無いもん!カイロあったら手袋みたいなものでしょ!
いやいや全然違うよ……。
君といると吸うだけで喉を凍らせるこの空気も、目の前を漂う白い息も、全部思い出になっていく。
最後の冬休みが近づく。君は予定あるのかな。誰と過ごすのだろうか。真っ白な雪を見て手を繋ぐのは、隣にいて笑い合うのは──。
カンカン照りの平日。
夏休み前最後の学校を終え、高揚した気持ちとうんざりした気持ちを抱えて帰る。
周りは陽気で近所迷惑を無視した音で満たされ、夏休みが来るなんて気持ちも歩く度に沈んでいく。休みは好きだが、夏は好きじゃない。
ピロン、と一件の通知。
開くと、学校が終わってはしゃぎ気味の様子が伺える文面と一枚の画像。
「学校終わったよ!やりたい事まとめてみた!!」
そう書いてあった文の下の画像には、彼女の要望や願望がつらつらと書いてある。プール、海、夏祭り、ゲームをする、アイスを食べる……。
くだらない事から定番イベントまで、産まれたての子猫のように元気で明るい彼女が考えそうなことが山ほど載っていた。
今年の夏は忙しくなりそうだ。
なんて思って、少し気分が明るくなる。夏を少し許しそうになる。でも結局暑いので、彼女に免じて星三くらいにしてやろう。
そんなことを思って、会ってないのにその文だけで許せてしまう俺もまた、浮ついているのだと少し苦笑する。
突然声を聞きたくなった。電話しようか迷っていると、一件の着信。
ああ、とニヤついた顔を手で隠して、ボタンを押す。
「もしもし!LINE見た──」
朝日が昇り、ピンクの花びらが空を舞った。
煌々と照りつける太陽と、真っ青な空の下、五月蝿い位の虫が鳴く真昼間。
落ちていく枯れた葉に、肌寒い風が当たって飄々と空を舞う夕焼けの時間。
光る夜空に溶けるように、白くなった息は光に照らされて消えていく帰り道。
どれもこれも、人から聞いた話でしかない。
季節の変わり目なんて、ただ寒いか暑いかだけだった。いや、それすらも、室内だと感じないか。
窓から少し匂う季節の香り。
なんて言うのか、なんて思ったのか、頭に浮かぶ前に消えてしまう。
私が唯一見えるのは、代わり映えのしない病院の庭。そこから見える木が一本、季節と共にゆっくり色を変える。でも、あれは桜では無いらしい。梅、だっけ。もう覚えてないや。
ぼんやりと空を眺める。
特に何がある訳でもない。ただそうするくらいしか無かった。
変わらない色の布団、腕に刺さったままの針、お洒落も許されない無地の服。全部、全部、私の時が止まった事を証明する道具でしか無かった。
訳も分からず、不意に、布団に水滴が落ちる。拭こうなんて思えず、ただ水滴の跡は増えていった。
窓越しの景色はぐるぐると巡っていった。それを眺めながら、私はこの日を迎えた。止まったこの空間は、動くことは無かった。憧れ、叶わないと思って見ていた雑誌も、今日で見納めだ。
あの木の花びらは散った。今では青々と葉を生い茂らせている。
手元には紙袋が一つ。真っ白で、雑誌の表紙に飾ってありそうなワンピースが入っている。
この場所は動かなくても、私は動ける。
だって──
覗いてるだけじゃ、何も見つからないから。
運命を、信じていた。
赤い糸は、好きな人と絡めば、解けないものだと思っていた。父さんや母さん、おばあちゃんやおじいちゃん、みんなと同じように、何となく結婚して何となく家庭を築けるものだと。
だから、これは夢だ。悪い夢。きっといつもみたいに、やかましい目覚ましで目を覚ますのだ。
そう、思っていた。
でも空は橙色のまま。カラスが鳴いて、吹奏楽の音が聞こえるだけ。
いつもは何も感じなかった人の足音、息遣い、瞬きすらも陰鬱に感じる。
そしてふっ、と我に返る。頭は空っぽで、手に力は入らなくて、呼吸も意識的。
だから、と思った。これは現実。
そこからは早かった。感情の壺は壊れ、理性と感情が喧嘩する。理性を使って何とか押し出した言葉は、そっか、だった。
胸に穴が空くなんて嘘だなんて思っていたけれど、本当に空くとは。
何より驚いたのは、胸に穴が空くほど、そいつが好きだったという事実。
愚痴も言った。悪い所も知ってる。けど、いい所もかっこいい所も沢山知ってる。
感情が流れ出す。理性は負けたらしい。梅雨のようにポツポツと、そしてザアザアとが涙が溢れる。
なんとなくなんて無かった。今のままなんて無かったんだ。進むか、壊れるか。赤い糸は細いまま、ぷっつりと切れた。ような気がした。
ほつれた赤い糸はぶらんとなったまま動かない。絡まったと思っていた糸は、結んでいただけだった。それなら解けてしまう。でも、絡んでいるのもどうかとも思う。
切れた糸の修復方法を私は知らない。生憎、もう数ヶ月でここを出るのだから知らなくてもいいか、なんて顔を覆って強がった。
どこかの少女漫画を思い出す。こんな恋をしたいだなんて言っていた彼女に、運命の赤い糸を信じていた彼女に、心の中で教えてあげる。
──レモンは酸っぱいだけじゃなくて苦いんだよ、って。