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11/10/2024, 8:00:31 AM

肌寒くなると、ついカンガルーのおなかを思い浮かべている。赤ちゃんは往々にしてそうだが、あたたかいところで過ごすのは素敵なことだ。ところがこの前、カンガルーの赤ちゃんは産まれたら自力で親のポケットに入っていかねばならないという記述をみた。それが本当なら……自然界はさぞ大変なところであろう。とはいえ、うまれおちた瞬間からサバイブが始まるのは誰もかれも同じではなかろうか。
現に私もこのナントカ液に浸けられた脳みそ一つで世を渡り歩こうというのだからとんだサバイバルではないか。
なーんて戯言をほんとの脳裏に刻みつけていたら、パソコンの気象情報が今日の最高気温は25度だといい始めた。12月にしては異例。
なんだ、まだ肌寒くないじゃん。

11/9/2024, 12:34:59 AM

「ブニャッ!」
と足元から聞こえたので驚いて見ると、うっかり猫のしっぽを踏んづけようとしていた。
「スマン、痛かったか」
通じるわけもないが人語で謝っておいた。
「恨まないでくれよ、俺も気が動転してんだ」
そのまま真っ暗で細くて寒い路地を駆け抜けつづけた。この先には何が待っているのだろう。見つからずに電車に乗れたなら、途方もない田舎に行き着くだろう。あるいは、死んでしまうか。
死にたくないから殺したのに、俺は死ぬのか。人生なんとかやってきたと思っていた。そりゃあ他人よりはいくらかひどいこともあったが、それも含めて俺のもんだと大事にしてきた。
「今日で終わり、なのか?」
急に心細くなった。
死ぬとき誰かが横にいてほしいなんて過ぎた願いかもしれないが、せめてもう少しあたたかいところで死にたかった。
そんなことを考えていたらふいに後ろから銃声がした。撃たれた胸から赤い血が意味もなく流れているのが見えた。

11/8/2024, 4:09:27 AM

まだ霧の出ているような早朝に湖の周りを歩いていると、現実と妄想の境目があいまいになる時がある。薄暗くて湿った地面や葉っぱたちは、ともすれば神秘さえ思わせる。そういう幻想の中を散歩していくと、次におぼろげになってくるのは自己と他人である。ときどき、美しさは人間を等しく穏やかにするのではないかと錯覚する。しかし、美の概念などはこの世に存在しない。何が美しいかはわたしが感じるまでのこと。
わたしは知っている。この甘美なる夢から家へ帰っていくと、妻はいつも言うのである。
「またズボンのすそ汚したでしょう。泥は難しいのよ!」

11/7/2024, 12:40:22 AM

それはまさに一瞬のことであった。
「あ」
という声が出たのと彼女が車にぶつかって飛ばされたのは同時だった。残酷なことに、彼女は次のデートの約束を置いたまま死んだしまった。
結婚詐欺を始めてかなり経ったが、相手が事故死してこちらが香典を渡さねばならなくなる日が来るとは思わなかった。そして近ごろ業績の悪かった自分はこの案件のせいで物理的にもクビだろう。
「クソッ」
夜逃げが上手くいったとしても、この先ロクな人生は待っていない。どうしようもなくて苛ついたまま空をむなしく見つめると、小雨が降り出した。雨はすべてを隠して今日だけは何もかも忘れさせてくれるような気にさせた。

11/6/2024, 12:04:23 AM

新しい彼女と駅前で待ち合わせていると、前の前の彼女と偶然鉢合わせた。大きな駅だからこれはまあよくある話なのだが、問題は向こうが一人だったことである。俺は一人ぼっちの女の子を置いておけないタチなのだ。
「お姉さん、いまひとり?俺も約束すっぽかされちゃってさ、良かったらお茶しない?」
と、非常によくあるナンパのテンプレを言っただけなのに彼女はわなわなと震えて鬼の顔をしながら
「結構よ。それと妹は今日来ないから」
と言い捨てて人混みに消えていった。
あちゃー。妹だったのか。俺の好みってわかりやすーい……。

「どうしよっかなあ」
予定がまるっと消えた俺はベンチに腰掛けて明後日の方をながめた。今日はもうナンパする気も起きない。
「トラウマもんだろあんなん」
地面に向かってため息をつくと、ポンと肩を叩かれた。見ると超が三つほど付きそうな美少女であった。
おお神よ!まだ俺を見捨てないでいてくれるのか。美少女から後光がさしてみえる。彼女はそっと近づいて言った。
「チャックあいてますよ」

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