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11/21/2024, 9:20:34 AM

昔、どんぐりを拾っては集めていた。つやつやしていようが、ボロボロに汚れていようが、虫がはい出してきてもお構い無しだったから、母親はさぞ苦労しただろう。
もらったバスケットに積まれていくどんぐりを眺めていると、達成感みたいなものがあらわれてきて、まあ気分が良かった。
そしてこの世のどんぐりを全て集め終わったんじゃなかろうかという頃、隣に住んでいた気のおかしなおばちゃんがどんぐりたちを燃やした。今から思えば気のおかしいのは自分の方だったのかもしれない。
ともかく、そこで自分は世の儚さを悟ったのである。あと、どんぐりはそんなに価値があるものじゃないということも。

11/20/2024, 9:52:24 AM

家族で囲む食卓は素敵なものだと思う。そこにそえられるキャンドルも。

11/19/2024, 5:37:55 AM

星を眺めるために、ちょっと頑張って良い望遠鏡を買ってみた。この人生、空など見上げる暇さえ無かった。けれど、ある日ネットで見かけた、星の軌跡をうつした写真がどうにも俺の心を掴んで離さない。美しく輝く彼らを間近で見ることができたなら、どんなに素敵だろう。
そう思って始めた天体観測は、意外にも困難をきわめた。調整が上手くいかないというのはもちろんだが、天気が悪かったり、仕事で疲れていると望遠鏡の前に座ることさえ出来ない日もあった。それでも、少しくらいぼやけていても、星たちは美しかった。

あるとき俺は仕事でヘタをうった。文字通り命からがら追手から逃げて、逃げて、力尽きて、冷たいコンクリートに体を投げ出した。夜空はよく晴れていて、星がよく見えた。俺が毎日、懸命に眺めようとした星たちは、望遠鏡などなくてもその姿をいつも見せようとしていたのであった。
走馬灯にはクソったれの人生のかけらと、たくさんの星が散りばめられていた。

11/17/2024, 12:46:00 AM

隣に住む幼なじみが、旅行の予定もないのにスーツケースをクローゼットの奥から出していた。彼女の狭い一人部屋でどことなく異質な雰囲気をかもし出すそれを話題にするのはなぜかはばかられた。
きっと遠くに行くんだな。そう思った。東京の大学に行きたいと言ったのを止めたのは俺だった。これが今生の別れになったら、と考えると掛けたい言葉はたくさんある。だけど、俺にはそんな資格すらないのかもしれない。
「ねえ、聞いてんの」
ふいに彼女の顔が目の前にあらわれた。話しかけられていたらしい。
「ごめん、聞いてなかった。なんだって?」
そう問うと、一瞬ムッとしてから笑顔を輝かせて
「卒業旅行いっしょに行かないかなって、どこが良いと思う?スーツケース新調したんだよ」
「え?」
「前のスーツケースはクローゼットから出してみたら壊れちゃったんだ、ホラこの無様なキャスターをみてよ」
そう言って、さっきまで俺の心を占めていたスーツケースを指さした。
「ゴムのところが劣化しちゃってはなればなれになってるの」

11/16/2024, 9:23:00 AM

ここはきわめて治安が良くない。現に僕は本日3回目のカツアゲに遭っている。
「ジャンプしてみなって、おチビちゃんよお!」
怖いけどヘタに動いたらもっとひどい目をみるだろう。僕はもう鳴りもしないポケットを思いながらぎゅっと目をつむった。そのとき、
「おい、つまんねーことしてんじゃねえ」
ゴンッバキッ
「ひえ……」
それはあっという間だった。目を開けるとつい先ほどまで僕を嗤っていた男は情けなくも気絶していた。そして、そこに立っていたのは学ランを着た屈強そうな男の子であった。
「お前、大丈夫か」
振り返った彼はそう言った……と思う。実際のところ僕はお礼も言わずに逃げ出していた。彼があまりに背高でガッチリしていたものだから。
あの子が獅子なら僕は子猫であった。
そして弱きものは往々にして、爪をとぐことだって許されたりはしないものだ。

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