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3/1/2025, 6:28:40 AM

「お弁当、温めますか?」
ダルそうに会計していた店員が思い出したようにそう聞いてきた。
「いや、大丈夫です」
時刻は真夜中を少し過ぎたところで、俺は早く家に帰りたかった。コンビニのピロピロという入店音を背中に、ぼんやりとした街灯を頼りにしながら帰路についた。ヒュウと吹いてきた風が冷たくて、今は秋だったのかと思い知る。歩いて、歩いて、ようやく家が見えてきたころに俺はふとボロいキッチンの電子レンジが壊れていたことに気が付いた。

2/25/2025, 9:28:30 AM

学生時代はいつも金がなくて、ボロいアパートの天井をみつめてはそこにシミを作り出そうとしていた。天井のシミ数えてたって言えばロマンチックな気がしてこないか?
「てんでダメだね」
彼はこちらをチラリとも見ずにそう言い放った。こういう反応は想定できたから、僕はまためげずに話し続けた。僕の生涯二十余年、足りない経験から人生を語ってみたが、彼は安いコーヒーに夢中であった。そして時折、
「いいや、そんなことはあり得ない」
と退屈そうに言うのである。
そして太陽が傾いて空を燃やしだす頃合いになると、彼は鮮やかな色彩の派手な花を一輪だけ僕の墓石に供えてから捨て台詞とともに立ち去るのだ。
「また明日」

2/24/2025, 12:37:55 AM

「リアルな魔法って、おもしろい言葉だと思わない?」
彼女の唐突な問いに僕は戸惑った。
「うん?」
と短く返すのが精いっぱいであったが、彼女には十分のようだった。
「だってね、魔法って言うぐらいだから何でもできたっておかしくないのに、漫画の魔法使いはみんな厳しい修行を積んでるんだもの」
そう早口でまくし立てた後、僕の目をみつめて
「そう思うでしょ」
と付け加えた。
その仕草がなんとも可愛らしくて、僕は彼女が何の話をしていたか忘れかけた。
「そうだね」
そう言うと彼女は少し自慢げな顔をしていたので、
「だけどさ、君は魔術的にかわいいと思うよ」
と言っておいた。

11/25/2024, 12:29:14 AM

何年前だったか、彼にマフラーを編んであげた。編みものなんか初めてで、ところどころ目が飛んだりボサボサになったりしていた。まあ、自分としては一本の糸が布になったというだけでかなり満足だった。正直なところ、彼の反応はあまり覚えていない。たぶんビミョーだったんだろう。
だから今年のセーターは私の手づくりではない。のだが、誰と間違えたのか彼は
「ありがとう!編みもの上手だもんね」
と大喜びしていた。あとでスマホでも見てやろうかしら。

11/22/2024, 4:10:02 AM

十一月になると、つい数日前まで囃し立てられていたカボチャやお化けはすっかり消えてしまう。代わりにモミの木とキラキラしたリボンが街中を支配していた。
「きれいだねえ」
五歳になる息子は街路樹に巻きつけられたライトをみてそう言った。私は買い物袋が重くてそれどころではなかったのだけれど、
「うん」
とだけ返しておいた。
「ママ、僕のところにもサンタさん来るのかなあ」
「そうね、ちゃんとお手紙を書かなきゃね」
ふと思いついて言ったことだったが、息子はサンタへの手紙にやる気まんまんという感じだった。家に着くとさっそくおばあちゃんにもらった便せんを持ってきてなにやら書き出していた。
私は晩ごはんの準備に気を取られて、何を書いたのかよく見なかったが、いっちょ前に封筒まで用意した息子は私のところまできてすこし悲しそうな顔で
「ここになんて書けばサンタさんのところまで届くのかなあ、どうすればいいの?ママ」
と言ってきたのがどうしようもなくかわいらしかったので、思わずぎゅっと抱きしめた。
「ママがサンタさんに届けてあげるね。お友だちなんだ」

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