月花

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9/2/2022, 11:20:52 AM

「香水」


「王太子様、このごろはわたくしが来てもドウジン様は全然お顔を見せては下さらなくなりましたわね。もうおひとりの弟王子のドルトン様は必ずご挨拶に来てくださいますのに…」
「ん?あぁ、アレは最近温室に篭って何やらしているらしい」
「まぁ!こちらのお屋敷に温室がありますの?!」
「いや、此処にはない。西の森を抜けた先に湖があるのだが、そのほとりに母のお気に入りだった温室があるのですよ」
「まぁ!まぁ!きっと素敵なんでしょうね!」
「今ではアレと側近のギルくらいしか出入りしていないと聞いています。」 
「どんな所かわたくしも行ってみたいですわ」
「それが、どうやら誰も近くなとアレが言っているようなんだ、申し訳ない。」
「どうされたのでしょう、何か抱えてらっしゃる事でもおありなのでしょうか」
「それは、わからないが…アレは母の記憶がほとんど無い分、あの場所で母を感じているのかもしれないとわたしは思っているのです。なに、心配することはありません。アレもう子どもではないのだから」

「王太子殿下、陛下が急ぎお呼びです。」
「わかった、直ぐに行く」
「レディア姫、申し訳ない、いつも呼びつけておいてあまり時間が取れなくて」
「いいえ、お気になさらないでください。王太子様は陛下の右腕としてお忙しいことは重々承知しております。それよりお身体をお痛いください…」
「ありがとう。君と過ごせる僅かな時間がわたしの原動力となっている…」
そう言って王太子は、わたくしの髪に口づけをされ足速に去って行った。


そこは、噎せ返るほどの花の香りで満たされていた。
名前も知らない花が幾つもあり、一見、雑然と花で埋もれてそうな空間だったが、ちゃんと手入れが行き届いているのがわかった。

気配を感じ振り返ると、そこだけ他とは違う空間があった。
一段と花に埋もれるように、中心に女神の像が立ってた。

「なんて美しい女神様なの…」思わず口にした。
「それは、母上だ」
突然背後で声がしてドキリとして振り返る。少し怒りがこもった瞳でカレが言った。
「どうして此処にいるのですか、此処には誰も近づかないよう言ってあったはずなんですが…」

「ここはまるでお花の香水の館ですわね」
「はぁ…アナタはいつも話が通じないな…」
「え?」
「いや、いい、なんでもない」

「こちらのお花達はドウジン様がお手入れをなさってるの?」
「ああ、ワタシひとりではありませんが」
「とても素敵ですわね」
「ありがとう…」目も合さずポツリと言った彼の耳が少し赤くなっていた。
お恥ずかしいお年頃かしら、とても微笑ましかった。
「お母様…素敵な方だったんですね、本当に女神様だと思いましたもの」
「これは、父…陛下が、母上が亡くなった時に作らせたもので、当時は大層悲しまれてこれを作らせたそうですが、今では父上も他の誰も此処には来なくなってしまった。だから…」
そのまま黙ってしまった。
「きっと国王陛下や他の王子様方は、生前を思い出して余計に悲しくなってしまわれるのかも知れませんね…本当にお美しいですもの」
カレは、何も言わなかった。

「レイ様、そろそろ…」
「あぁ、そうね…ドウジン様、わたくしとてもここが好きですわ、また来てもよろしいかしら?」
「兄上がいいと仰るなら、かまわない」
やはりこちらは見てくれない。
「ふふっありがとうございます。それでは今日は、これで失礼致しますね」
「もう暗くなってきています。屋敷までお送りします。」やっとこちらを向いてくれた。
「やっとこちらを見てくださったわね、ふふっ」パッとまた目を逸らしてしまった。
「ありがとうございます。でもその必要はありませんの、今日は、このまま一度国へ帰ることになっていて迎えが来ていますの」
「えっ!」一瞬だけ目が合ったがまた直ぐに目線が外された。
「暫くは、来れませんが…」
そう言いながら離れがたく寂しい気持ちになった。

「レディア様…」
「えぇ、わかったわ。名残惜しいけど…では、ごきげんよう ドウジン様」
ドアの方へ歩き出すとカレが無言でついてきた。表まで見送ってくれるつもりらしい。
ドアのところで振り返るとお気をつけてと、今度はしっかり目を見て言ってくれた。
わたくしは、ドキリとして微笑み返すしかできなかった。

カレは、わたくしたちが見えなくなるまでずっと見送ってくれていた。

あの、花を切り散らかしていた少年が、あんなにお花を大事にするようになってたなんて…
嬉しくて少し胸が熱くなった…

8/31/2022, 9:52:46 AM

「言葉はいらない、ただ・・・」


数日前の夜、突然現れた少女を兄上の所で最近見かけるようになった。
つまり、王太子の妃候補というところだろう。

ギルの話では3姉妹の真ん中の姫らしいが、何やら大人達の思惑があるようだ。

あの夜から数ヶ月が経った頃、初めて正式に兄上から紹介された。
「ドウジン良く来てくれた。紹介するよ、彼女が私の妃になる姫、レディア・アクタスだ」
「レディア、これが末の弟のドウジンだ」
「初めましてドウジン様」初めましてだと?良く言う…
「レディアと申します。仲良くしてくださいね」屈託のない笑顔で少女は、そう言った。
数秒、少女の吸い込まれそうな青い瞳に見惚れて時間が止まった。
「ドウジン?ははは…どうした?美しいだろレディアは」
「いえ、いや、はい」慌てて妙な返答になってしまった。顔が熱ってているのが自分でもわかった。
少女がクスリと笑っている。
何も言えなかった。
誰かに対して恥ずかしいと思ったのはこの時が初めてだった。

「今夜、両家揃って食事をする。お前も楽しみにしていてくれ」
「はい。兄上。それでは一度失礼致します。」壇上の二人に拝礼し素早く振り向きドアへと歩き出した。自分の鼓動がはやるのがわかった。なんだコレは!


両家の顔合わせの食事会では、終始和やかに過ぎていったがオレはとても退屈だったしイライラしていた。
談笑が続いていたが早々に退席を願い出て一人庭へ下りた。

気がつくと初めて少女と出逢った場所に佇んでいた。
何故だ、なぜこんなにイライラするんだ。

この頃のワタシは、それが恋だとは気づいておらず、言葉なんかいらない、ただ・・・あの吸い込まれそうな澄んだ青い瞳ともう一度見つめ合ってみたいと思っていたのだった。

8/30/2022, 4:01:11 PM

「突然の君の訪問」



「くそ!クソ!」

「ダメじゃない!お花達が泣いてるわ、可哀想だからやめてあげて」

突然、背後から声をかけられて振り向く
「見かけない顔だな、オマエは誰だ!何故此処にいる、此処はオレの庭だ、だからこの花達もオレの物だ!どうしようと、っ!」パタパタと赤い滴が千切れたら花達の上に落ちた。
少女が駆け寄ってしゃがみ込む
「ほら、この子達こんなに怪我して」
「怪我したのはオレだ、そんな花達よりオレのキズを心配しろ!」
少女は、無視して花達を哀しそうに集めていた。

「レイ様!レディア様!どちらですか!」
遠くでオレの知らない声でオレではない者を呼んでいる。

「ドウジン様!」今度は聞き慣れた声が駆け寄ってくる。
「お怪我なさったのですか?!」

「レイ様、こんな所にいらしたんですか」

別々の主人の名を呼びながらそれぞれの従者が慌てて駆け寄ってくる。

少女の従者がオレを見て拝礼した。
少女は、キョトンとしている。
慌てて少女の従者が耳元で告げる。
「第3皇子のドウジン様です。」
「先が思いやられるわね」少女はオレに拝礼する事もなく背を向けてオレが切り散らした花を集めている。
「レイ様!」少女の従者だけが慌てている。

「ドウジン様、陛下がお呼びです。
直ぐに謁見の間に来るよう仰せですが、その前に傷の手当てを致しましょう。」
「うるさい!こんな傷、大した事はない!「ですが!」
「うるさい!行くぞ!」
ギルも慌ててオレの後をついてくる。
去り際少女の顔を確認したが此方を見向きもしていなかった。
「クソ!」声にならない声で言い捨てた。


まさかその5年後の突然の君の訪問からワタシの世界が一変してしまうとは思いも寄らなかった。




(ん?)
(なんか廊下が騒がしいな…)

カタッ!
「誰だ!」「誰か居るのか!」
ドアに駆け寄ろうとしたオレの背後から、か細い震えた手で口を塞がれた。
「シっ!お願い少しだけ人を呼ばないで」
侵入者は歳若い女の声だとすぐに分かったので害はないだろうと黙って頷きそっと振り返ると5年前にオレを叱りつけた少女が怯えた瞳でそこに居た。
その少女があの時の少女だと分かったのは、5年の月日が経っているにも関わらず見た目があまり変わっていなかったからだ。
「オマエは…」
その時、ドアがノックされた。

コンコンコン!

「ドウジン様、お休みのところ失礼いたします。」
その少女が潤んだ瞳で(お願い!)と言っているのが分かった。
オレはベッドの方向を指差してあちらに隠れるよう少女を促した。
慌てて隠れる少女を確認してからそっとドアを開けた。

「どうしたギル、騒がしいぞ」
「申し訳ございません。お客様のお嬢様がお一人いらっしゃらないとお連れの方から連絡がありまして、屋敷中探しているのですが見当たらず、念のためをと思いドウジン様にもお伝えに参りました。」
「知らん!誰も居ないぞ、明日は兄上達と早朝から湖まで遠出するんでもう休んでいたんだ」いつになく饒舌になってしまった。

「はい。お起こしして申し訳ございません。」ギルの声が少し大きくなる。「もしお見かけされましたらお連れ様が大層ご心配されている。とお伝えください。」
「分かった!見かけたら伝える!もう休ませてくれ!」
「では、失礼いたします。おやすみなさいませドウジン様」
「あぁ、おやすみ、ギル」
ドアを閉め、しばらく廊下の様子を伺い、人気がなくなってからベッドの方へ近づいた。
「もう大丈夫だ」オレはそっと手を出し、少女が手を添え立ち上がるのを待った。

少女が立ち上がると5年前オレを見下ろしていた瞳が現在は同じ目線になっていた。
あの時は、まともに目を合わせていなかったので気づかなかったが吸い込まれそうな澄んだ青い瞳をしていた。
少女はありがとうと礼を言った。
「何があったか知らんが、恐らくギルにはバレていた。早く部屋に戻った方がいい」
「送っていこう…」

「ごめんなさい。初めて会っていきなりこんな迷惑をかけてしまって…」
「…」オレのことは覚えていないようだ…
「構わないよ」
オレは何も言わず少女の手を引いた。
僅かな庭の照明だけが少女の不安げな表情を写し出していた。
別棟の客間近くまで送って行きそっと手を離そうとした時、ほんの数秒見つめ合った。
少女はもう一度ありがとうと瞳で言った。
オレは黙って頷いた。
しばらく身を隠し少女が部屋に入るまで見送った。

少女が離れていく時、夜風と共に花の香りがした。
それは、庭に咲く花なのか、少女の残り香なのかどちらだったのだろう。
オレは一度だけ客間の方を振り返り自室に向かって歩き出した。

「ギル、居るんだろ、戻るぞ」
「はい。ドウジン王子」

8/28/2022, 10:11:53 AM

「雨に佇む」


プププップププッ
Rain 10m

視界の隅に表示される。
雨か…

雨は嫌いだ、最悪と最愛の人を思い出す。

もう何年経ったかも数えられないくらい時間が過ぎた。


「陛下…」
「ギルか、その呼び方は止めてくれないか」
「失礼致しました。」

「わかったか?」
「は!やはり、へ…ドウジン様の睨んだとおり、ガイア移住計画に反対する組織が動いているようです。」
「そうか…ヒトから争いを無くすことは年月が幾ら経っても難しいのは変わらないものなのか…」
「表立って争いは起こしたくない、だが、なるべく早く詳細を調べて欲しい」
「かしこまりました。」

「いつもすまない」

「いえ、お二人が永く見守ってこられたからこそ、現在の穏和な日々を過ごせているのです。」
「それは違うぞ、ワタシ達は、ただ、誰よりも永く時間を過ごしただけに過ぎない」
「おまえ達には、すまないと思っている。」
「そんな事仰らないでください。私どもは陛下レ…」
「もうよそう…その名も口にするな」
ギルが黙って唇を噛み締める。

二人の間を雨が混じった風が通っていく。

晴れているのに雨が降る
遠くに虹も見える

ただ、君が居ない…

君が好きだったこの場所で

ただ…雨に佇む

8/27/2022, 10:12:21 AM

「私の日記張」

「あれ…おかしいな…」
「う…ん?」
「ごめん、起こしちゃった?」
「うん、あ、いいょトイレ行きたくなってたし」あと3時間は寝れたのになぁ…

トイレから戻ってきてもカノジョはまだ何が探し物をしていた。
「何さがしてんの?」
「ん?…うん…私の日記張知らない?」
「え?!日記張?」
「うん。」
「なにそれ?」
「だから日記張、あ!見たの?!」
「いやいや!てか、そんなの書いてた事も知らないし、それにわざわざノートに書いてたの?」
「ノートじゃなくて日記張!」
そここだわるとこ?
「今時、ノ…日記張なんか、そんなアナログな!」
「そこがいいんじゃない、ちゃんと自分の字で記録を残すってロマンチックでしょ」
そうかな…
「あ!あった!そういえばこの前隠し場所変えてたの忘れてた!」
「おいおい、大丈夫か?」
「これでまた隠し場所変えなきゃ」
聞いてないし…
「そもそも自分のメモリーに残せばいいだろ」
「だから!それじゃロマンがないのよ」
「なんだよ、ロマンって」
「うるさい!わからないなら放っておいてよ」
「はいはい、あ!それよりさ!ミサキ」
キッと睨まれる
「ちょっとお聞きしたい事があるんですけど〜」
「何よ」機嫌悪いなぁ
「レディアって聞いたことある?」
「レディア?ん…どっかで聞いたことあるような、ないような?」
「どっちだよ」
「その人がどうかしたの?」何故人だと断言する?ま、いいか
「先輩がさ、」
「え!ドウジン室長?」ミサキの目に輝きが戻る。カノジョは先輩のファンなのだ
「そ、そのドウジン室長がこの間の仮眠の時にうなされてて、その時起こそうとしたら『レディア!』って叫んでたんだよな」
「そんなの室長の想い人でしょ」
「そうなのか?!」
「ん?知らない」
「へ?」
「そんな、あの室長が夢にうなされて名前を呼ぶ人だよ、そうに決まってるじゃない」
「ん……でもあの人に女ッケなんて微塵も感じないんだよなぁ」
「別れてまだ未練があるとか?」
「あの室長が?」ナイナイと大きく手を扇ぐ
「忘れられないとか、二人は結ばれない運命だったとか!」キャー!
あ、まずいコイツの妄想が始まるとめんどくさいんだよな…

「任せて!ちょっと調べてみる!」
何故か鼻息が荒くなってるぞー
「無闇に話し広げるなよ」
「だから任せてって、隠密行動が鉄則よ!」と言いながら何やら先程の日記張とやらにツラツラと書き始めた。
「ミサキさん、何書いてるのかな〜?」
「忘れないように書き留めておくの!」
「それ日記張だよね、」
「そうよ、ちゃんと記録しておかなくちゃ」何か用途が違ってる気がしたが、そこはそっとしておく事にした。

後は、彼女の本職である情報収集力に期待しつつ、自分でも探ってみることにしよう

それにしても腹へったなぁ
ミサキはまだ何が書いている。
完全食でも食べとくか

チン!

「あ、ズルい、ワタシも〜」
「はいはい」やれやれ…

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