月花

Open App

「突然の君の訪問」



「くそ!クソ!」

「ダメじゃない!お花達が泣いてるわ、可哀想だからやめてあげて」

突然、背後から声をかけられて振り向く
「見かけない顔だな、オマエは誰だ!何故此処にいる、此処はオレの庭だ、だからこの花達もオレの物だ!どうしようと、っ!」パタパタと赤い滴が千切れたら花達の上に落ちた。
少女が駆け寄ってしゃがみ込む
「ほら、この子達こんなに怪我して」
「怪我したのはオレだ、そんな花達よりオレのキズを心配しろ!」
少女は、無視して花達を哀しそうに集めていた。

「レイ様!レディア様!どちらですか!」
遠くでオレの知らない声でオレではない者を呼んでいる。

「ドウジン様!」今度は聞き慣れた声が駆け寄ってくる。
「お怪我なさったのですか?!」

「レイ様、こんな所にいらしたんですか」

別々の主人の名を呼びながらそれぞれの従者が慌てて駆け寄ってくる。

少女の従者がオレを見て拝礼した。
少女は、キョトンとしている。
慌てて少女の従者が耳元で告げる。
「第3皇子のドウジン様です。」
「先が思いやられるわね」少女はオレに拝礼する事もなく背を向けてオレが切り散らした花を集めている。
「レイ様!」少女の従者だけが慌てている。

「ドウジン様、陛下がお呼びです。
直ぐに謁見の間に来るよう仰せですが、その前に傷の手当てを致しましょう。」
「うるさい!こんな傷、大した事はない!「ですが!」
「うるさい!行くぞ!」
ギルも慌ててオレの後をついてくる。
去り際少女の顔を確認したが此方を見向きもしていなかった。
「クソ!」声にならない声で言い捨てた。


まさかその5年後の突然の君の訪問からワタシの世界が一変してしまうとは思いも寄らなかった。




(ん?)
(なんか廊下が騒がしいな…)

カタッ!
「誰だ!」「誰か居るのか!」
ドアに駆け寄ろうとしたオレの背後から、か細い震えた手で口を塞がれた。
「シっ!お願い少しだけ人を呼ばないで」
侵入者は歳若い女の声だとすぐに分かったので害はないだろうと黙って頷きそっと振り返ると5年前にオレを叱りつけた少女が怯えた瞳でそこに居た。
その少女があの時の少女だと分かったのは、5年の月日が経っているにも関わらず見た目があまり変わっていなかったからだ。
「オマエは…」
その時、ドアがノックされた。

コンコンコン!

「ドウジン様、お休みのところ失礼いたします。」
その少女が潤んだ瞳で(お願い!)と言っているのが分かった。
オレはベッドの方向を指差してあちらに隠れるよう少女を促した。
慌てて隠れる少女を確認してからそっとドアを開けた。

「どうしたギル、騒がしいぞ」
「申し訳ございません。お客様のお嬢様がお一人いらっしゃらないとお連れの方から連絡がありまして、屋敷中探しているのですが見当たらず、念のためをと思いドウジン様にもお伝えに参りました。」
「知らん!誰も居ないぞ、明日は兄上達と早朝から湖まで遠出するんでもう休んでいたんだ」いつになく饒舌になってしまった。

「はい。お起こしして申し訳ございません。」ギルの声が少し大きくなる。「もしお見かけされましたらお連れ様が大層ご心配されている。とお伝えください。」
「分かった!見かけたら伝える!もう休ませてくれ!」
「では、失礼いたします。おやすみなさいませドウジン様」
「あぁ、おやすみ、ギル」
ドアを閉め、しばらく廊下の様子を伺い、人気がなくなってからベッドの方へ近づいた。
「もう大丈夫だ」オレはそっと手を出し、少女が手を添え立ち上がるのを待った。

少女が立ち上がると5年前オレを見下ろしていた瞳が現在は同じ目線になっていた。
あの時は、まともに目を合わせていなかったので気づかなかったが吸い込まれそうな澄んだ青い瞳をしていた。
少女はありがとうと礼を言った。
「何があったか知らんが、恐らくギルにはバレていた。早く部屋に戻った方がいい」
「送っていこう…」

「ごめんなさい。初めて会っていきなりこんな迷惑をかけてしまって…」
「…」オレのことは覚えていないようだ…
「構わないよ」
オレは何も言わず少女の手を引いた。
僅かな庭の照明だけが少女の不安げな表情を写し出していた。
別棟の客間近くまで送って行きそっと手を離そうとした時、ほんの数秒見つめ合った。
少女はもう一度ありがとうと瞳で言った。
オレは黙って頷いた。
しばらく身を隠し少女が部屋に入るまで見送った。

少女が離れていく時、夜風と共に花の香りがした。
それは、庭に咲く花なのか、少女の残り香なのかどちらだったのだろう。
オレは一度だけ客間の方を振り返り自室に向かって歩き出した。

「ギル、居るんだろ、戻るぞ」
「はい。ドウジン王子」

8/30/2022, 4:01:11 PM