Ryu

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6/4/2024, 10:46:57 PM

大学に合格して、上京してきた。
初めて実家を出て、東京で六畳一間の部屋を借りた。
かなり年季の入ったアパートで、一階は豆腐屋だった。
朝の仕込みの音で目を覚まし、原チャリで大学へ通ってた。

夜は銭湯まで歩く。
温まった体でアパートに帰り、錆びた鉄階段を上がり、ギシギシと鳴る廊下を歩いて、部屋のドアを開ける。
いつしか見慣れた狭い部屋の風景。
万年床に、山積みの雑誌、こたつの上の麻雀牌。
そこで生きてた。
そんな時代があった。

一人で、自由だった。楽しくて、時に寂しかった。
PCもスマホも無く、実家から持ってきたワープロで、そんな想いを綴っていた。
たくさんの言葉を書き連ねたけど、紙に印刷することしか出来ず、いつしか色褪せて捨ててしまった。
あの狭い部屋で生み出した言葉達は、今頃どこを彷徨っているのか。

今は我が家を手に入れて、家族で暮らしている。
あの頃の自分と、今の自分。
まったく同じで、何もかもが違う。
この言葉達は、記録され、誰かに見てもらうことも出来るけど、あの頃の自分が感じていた想いは、今はもう表現することは出来ない。
あの狭い部屋に還ることも。

数年前、ドライブがてら、あのアパートまで行ってみた。
懐かしい思い出に出会いたくて。
でも、豆腐屋もアパートも無くなっていた。
小綺麗なマンションに変わっていて、錆びた鉄階段もギシギシ鳴る廊下もなかった。
足繁く通った銭湯も取り壊されていて、自分がここで暮らしていた痕跡はどこにも見当たらなかった。

でも、確かにいたんだよ。
あの時代に、悩んで、笑って、遊んで、大人になろうとしていた自分が。
あの狭い部屋から、大きな世界に羽ばたこうとしていた自分が。
今は、どこにいったのかな。
まだここにいるのかな。自分の心の中に。
いてくれたら、いいな。

6/3/2024, 1:41:16 PM

「ねえねえ聞いて。昨夜さ、突然元カレから連絡があってさ」
「元カレって、去年喧嘩別れしたあの人?」
「そうそう、お互い愛想尽かして別れたのにさ、俺、失恋してからずっと寂しくて…だってさ」
「なにそれ、被害妄想なんじゃないの?」
「でしょ?寂しかったのはあんただけじゃないっつーの」
「え?どゆこと?」
「そりゃ、私だって寂しかったよ。急に一人になったんだもん。まあ、あなたがいてくれたから乗り越えられたけどね」
「彼氏と別れた途端、電話してきたじゃん」
「そーそーあの時はごめん。失恋ってこんなにツライんだって、初めて知ったの」
「それで?どーすんの?」
「うん、しばらく話してね、お互いがお互いを必要としてるって気付いたの。もう一回やり直そうって」
「へー、大丈夫?今度はうまくやれるの?」
「ブランクが長かったからね。想いも最高潮」
「そーゆーのが一番怪しいんだけどね。またすぐに冷めちゃいそうで」
「そんなこと言わないで応援してよ。友達でしょ」

…そーか、僕は、友達か。
そりゃそーだよな、たくさん相談にも乗ってきたもんな。
君を慰めて励まして、笑わせて、彼を忘れさせて。
失敗だったか。やっぱりアイツには勝てなかったか。
失恋ってこんなにツライんだって、初めて知ったよ。
去年まで、君のことなんか何とも思ってなかったのに。

6/2/2024, 10:05:45 PM

無垢で正直者のあなたが、生きづらい世の中になってしまった。
サギが飛んできてカモのあなたを襲う。
目も当てられない。
サギを撃ち落とすはずの猟師達は、厳しい銃規制に、空を行くサギを見送ることしか出来ない。
あなたが鍛えなおし、カモからタカにでもならない限り、この世界で安穏に生きていくことは出来ないのか。

バカを見ない正直者になりたい。
タカとなって鋭い爪を持ったとしても、それを有効に使う手段を知らない。知りたくはない。
カモのようにのんびりと、水面で仲間同士たゆたっていたいもんだ。
背負ったネギですき焼きでも作って、今夜は皆でささやかな夕げのひとときを。
ねぎまは友食いになりそーだからやめとこう。

何の話だったか。
無垢で正直者のあなたが、いかにして苦痛なく生きられるか。
生きる限り、多少の苦痛は伴うものとして、まずは自分の痛みにも正直になる。
そして、理不尽な痛みに対しては、闘う。
軍鶏のように。
または、ヒクイドリのように。

バカを見ない正直者になろう。
愚かなのは、人を騙すサギや臆病者のチキンであって、自分の心に正直に生きるカルガモの親子に未来は明るい。
ああ見えて、本気になれば空だって飛べる。
世界を股にかけて、遠い国にだって飛んでいける。
あ…カルガモは、留鳥だったっけ?

と、何故、鳥に例えて正直者を語っているのかは分からない。
鳥の生態に詳しい訳でもないのに。
むしろ、最近やっと、よく見かけるハクセキレイの名前を覚えたくらい。
うまいこと博識ぶって終わらせようかと思ったけど、まあ、根が正直なもんで、知らんもんは知らんと言える自分でもありたい。

バカを見ない正直者になろう。

6/1/2024, 9:46:55 PM

雨の音は嫌いじゃない。
気持ちがリラックスして、いつもと違う感覚に浸ることが出来る。
考えてみれば、晴れたり曇ったり雨が降ったり雪が降ったり、自分が生きる世界の装いがガラリと変わる訳で、かなり大掛かりな舞台装置が稼働してる。
これは、今日の舞台も演じ甲斐があるってもんだ。

六月は静かな雨の演出で、日々の暮らしも少し落ち着いたシーンが多くなる。
あまり閉じこもりがちになると、鬱っぽくなってしまうきらいがあるから、傘に落ちる雨音を聴きながら、通勤や通院や買い物といった日常を続けよう。
そしてそこで本来の自分を演じつつ、夜の緞帳が下りるまで、粛々と過ごしていく。

ワクワクが増えるのは、この梅雨の時期を越えた辺りからか。
夏が来る。夏休みがある。
いや、とはいっても、もはや海や山に行く訳でもなく、暑さに苦しむイメージの強い季節になってしまっているが。
そして、夏を満喫するギラギラしたキャラにはもうなれない。
やっぱり、雨音を聴いてリラックスしてる方が性に合ってるのかな。

いずれにせよ、毎年繰り返される季節の暗転の中で、自分の出番はまだまだ用意されているようだ。
役者としては子役から始まり、気付けば齢50の大ベテランとなったが、まだまだ幸せな家庭の父親として奮闘していくつもり。
偽りを演じるのではなく、本当の自分をさらけ出した演技で、いつかアカデミー賞を狙う。

雨の音は嫌いじゃない。
気持ちがリラックスして、こんな妄想に浸ることも出来るから。

6/1/2024, 6:12:43 AM

無垢なる人。
大空を仰ぎ、世界の平和を夢見る。
人々が安らぎ、争いのない世界で、
競い合うこともせずに微笑んでいる。
そして、悪意に飲み込まれる。

無垢なる人。
疑うことを知らず、すべてを奪われ、
生きる糧を失っても、命あることに感謝して。
誰かのためにその命を削り続けて、
短い人生をまもなく終える。

無垢なる人。
闘う術を持たず、痛みに耐え続け、
君は何を手に入れたろうか。
そこに、君の心の安らぎはあったろうか。
争いは無くならず、君が争うことを放棄しただけ。

無垢なる人。
天使、赤ん坊、飼い主に愛された犬や猫。
憧れても成り得ない存在に想いを馳せる。
それでいいじゃないか。にんげんだもの。
垢が付いても洗い流せるシャワーなら家にある。

無垢なる人。
誰かに愚かだと笑われても、愚かさを測るメジャーなどない。
世界平和を夢見るのは愚かなことかもしれないけど、
本当に世界に平和が訪れたなら、
この世界に笑顔があふれるのは、
誰も否定出来ない夢物語なんじゃないかな。

無垢にはなれない自分は、無垢でありたいとは思わない。
ただ、その存在がこの毎日を穏やかにしてくれていることを知ってる。

荒んだ世界に一滴の清き雫を、
誰かが天上から落としてくれたかのように、
地上に落ちて静かに土に染み込んでいくかのように、
その土壌から芽生え、春になり美しき花が咲き誇るかのように。

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