Ryu

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大学に合格して、上京してきた。
初めて実家を出て、東京で六畳一間の部屋を借りた。
かなり年季の入ったアパートで、一階は豆腐屋だった。
朝の仕込みの音で目を覚まし、原チャリで大学へ通ってた。

夜は銭湯まで歩く。
温まった体でアパートに帰り、錆びた鉄階段を上がり、ギシギシと鳴る廊下を歩いて、部屋のドアを開ける。
いつしか見慣れた狭い部屋の風景。
万年床に、山積みの雑誌、こたつの上の麻雀牌。
そこで生きてた。
そんな時代があった。

一人で、自由だった。楽しくて、時に寂しかった。
PCもスマホも無く、実家から持ってきたワープロで、そんな想いを綴っていた。
たくさんの言葉を書き連ねたけど、紙に印刷することしか出来ず、いつしか色褪せて捨ててしまった。
あの狭い部屋で生み出した言葉達は、今頃どこを彷徨っているのか。

今は我が家を手に入れて、家族で暮らしている。
あの頃の自分と、今の自分。
まったく同じで、何もかもが違う。
この言葉達は、記録され、誰かに見てもらうことも出来るけど、あの頃の自分が感じていた想いは、今はもう表現することは出来ない。
あの狭い部屋に還ることも。

数年前、ドライブがてら、あのアパートまで行ってみた。
懐かしい思い出に出会いたくて。
でも、豆腐屋もアパートも無くなっていた。
小綺麗なマンションに変わっていて、錆びた鉄階段もギシギシ鳴る廊下もなかった。
足繁く通った銭湯も取り壊されていて、自分がここで暮らしていた痕跡はどこにも見当たらなかった。

でも、確かにいたんだよ。
あの時代に、悩んで、笑って、遊んで、大人になろうとしていた自分が。
あの狭い部屋から、大きな世界に羽ばたこうとしていた自分が。
今は、どこにいったのかな。
まだここにいるのかな。自分の心の中に。
いてくれたら、いいな。

6/4/2024, 10:46:57 PM