きっといつか、宝物は奪われる。
誰かが私の宝物を欲しがり、必要とし、私の手から奪ってゆく日が来るだろう。
そんな日が来ないのも困るが、もう少し、いや、まだしばらくは、手元に置いておきたいと願う。
思えば、私だって他人の宝物を奪って、自分の宝物を作り出した訳だ。
強奪だよ。海賊かって話。
そして因果は応報で、今度はきっと自分より若い海賊が、私の宝物を奪っていくのだろうか。
どうせなら、ルフィみたいに芯の通った青年がイイ。
ゴムゴムはいらんが。
ともに船出を迎え、社会の荒波へと漕ぎ出してゆく二人に、きっといつの日か、二人だけの宝物が生まれることだろう。
でもそれは、私にとっても宝物。
そうやって、人生には宝物が増えてゆく。
宝の地図はなくても、海賊王にはなれなくても、生きること自体が、トレジャーハンティングなのかもしれない。
ロウソクの炎が揺れている。
暗闇の中、音も無く、静かに。
炎の周りだけが、ボォと明るくなり、そこに、男の顔が浮かんでいた。
「この場所で、私が体験した話なんですが」
そこは廃病院。男はYouTuberだ。
心霊スポットでの怪談話。
「ここは、地下の遺体安置所です。見ての通り、もう何年も使われていない。それでもね、当時の匂いがまだ残ってるんですよ」
たった一人での生配信。
今までにもたくさんの場所で行ってきたが、ここは格別だった。
絶対に何かいる。
「以前、ここに突撃したことがあるんですよ。その時は、友達と一緒でした。この部屋に定点カメラを仕掛けてね、何か撮れるかと期待したのですが…」
映像には何も映せなかった。
延々と、荒廃した部屋の映像が続き、最後に、カメラを回収に来た友達の姿が映って、終わり。
「おかしいのはね、私がまるで映ってないんですよ。その部屋の真ん中に、椅子を置いて座っていたはずの私の姿が。誰も座っていない椅子だけがポツンと置かれていました。映像の間中ずっと」
この部屋には何かがいる。
あの時、友達もそう言っていた。
だが、映像には何も収められなかった。
「明らかに異常事態ですが、ここにいた私の姿が映ってないと主張しても、その証明が出来ない。結局、動画はボツになりました。それ以外には何も起こっていない、ただの定点映像ですからね」
そして、その後、友達は失踪した。
あれから、彼の姿を見ていない。
心のどこかで、「もしかしてこの廃病院に?」と考えていたことも事実だ。
「そして今、このロウソクの灯りの向こうに、彼の姿を認めました。います。暗闇に薄ぼんやりと、ですが、部屋の隅に佇んでいます」
カメラをそちらに向けるが、何も映らない。
そもそも、ロウソクの灯りが、部屋の隅まで届いていない。
「私はね、この映像が皆さんに届くことを願います。彼が私達に残したメッセージ。この部屋には何かがいる、と。…もしくは、最初から何もいなかったのかもしれない」
ふっと、ロウソクの炎が消えた。
まるで、誕生日に吹き消されたキャンドルのように。
辺りは暗闇に包まれる。
静粛。
この部屋にはもう、誰もいない。
いや、最初から何もいなかったのかもしれない。
きっと彼の映像には、最初から誰も何も、映ってはいないだろう。
「ねえ、私との今までの想い出の中で、一番心に残ってる出来事って何?」
彼女が突然尋ねてくる。
「一番の想い出…そーだな、富士急ハイランドは楽しかったな。ほら、君がスマホを失くして探し回ってさ、閉園間際に観覧車乗り場の手前に落ちてるの見つけて…」
「そーゆー失敗談はいいからさ、なんかもっとこう、ないの?キラキラ輝いてる私との想い出みたいなの」
「キラキラ…?想い出はそんなに輝かないって。静かにそこにある感じ」
「もう…なんでそーゆーこと言うかな。想い出は自分で美化してあげれば輝くんだよ?」
病室の窓には、冬の夕焼け空が広がっていた。
君が横たわるベッドの横に付き添って、真っ赤な空を眺めている。
「今まで、いろんなことがあったよね。二人で作ったたくさんの想い出があるでしょ。すごく楽しかった。でももうすぐ、そんな想い出も作れなくなるのかな」
君が寂しそうにつぶやく。
「そんなことないよ。すぐにまた、一緒に楽しい想い出を作れるようになるって。だから、まだまだ頑張らなきゃ」
彼女の不安な気持ちも分かる。
自分がこれから体験する、生命に関わるイベントに、緊張し怯え逃げ出したくなっていることも。
でもこればかりは、どうしたって代わってはあげられない。
君にばかり重荷を背負わせて、心が苦しくて痛いけど、もうすぐパパになる僕も頑張らなきゃ。
これから、新しい家族が増えるんだから。
きっと、今まで以上に幸せな、たくさんの想い出が作られていくんだから。
猫達がコタツを求めている。
そーゆー季節だ。
ふわふわが、丸くなってあったまる。
冬の猫は絵になるな。
まるで、この季節のマスコットキャラみたいだ。
冬になったら、人間も一回り大きくなる。
着膨れて、出来るだけ肌の露出をカバーする。
夏よりも服を着込んで、それだけいろんな色を纏うようになるかと思えば、夏の装いの方がカラフルだったりするのは気分の為せる業か。
冬は、地味目な色が似合う季節だったりする。
冬になったら、青空も夕焼けも夜空も綺麗になる。
富士山だって綺麗に見える。
「空気が澄んでる」って、言葉だけでも綺麗なイメージだ。
最近、日本は四季がなくなってきて、二季だなんて言われてるけど、この季節がある限り、きっと生きている実感を得ることが出来ると思う。
冬は、厳かに年を越える季節だからかな。
冬になったら、街全体が浮かれ始める。
聞き慣れたメロディが流れ、紅白のおじいさんが出没し、トナカイが街に放たれる。
子供の頃は、欲しいものを考えてワクワクしてたっけ。
大人になった今は、「若者達よ、便乗商法に踊らされるなよ」なんて、夢もロマンもない現実主義が顔を出すけど、心の奥ではワクワクしてる。
冬は、人の心にリアルとファンタジーを与えてくれる季節だ。
猫達は日向ぼっこで気持ち良さそうに。
あったかい場所は猫達が知っている。
着膨れることもなく、澄んだ空も見上げずに、ファンタジーにもときめかない。
冬になっても、スタンスを変えない猫達はきっと、「何だか寒くなったにゃー、何でか知らんけど、寒くなったにゃー」を、ただただ繰り返して生きているように見える。
それが冬。
猫達にとっての、困っちゃう季節。
ひらがなである意味を考えよう。
離れ離れでなく、はなればなれ。
もしかして、クラムボンの曲?
それとも古いフランス映画?
漢字よりも柔らかく優しい感じがするけど、はなればなれは悲しい言葉。
いや…はなればなれで嬉しい人もいるか。
その場合は、離れ離れ、でいいのかも。
漢字って、冷たく感じる時がある。
カッコ良く思える時もあるけど。
それを言ったら、ハングル文字なんて角張ってるよなー。
タイ語なんかは原始的でなんか優しい。
멀리 떨어져。
ห่างกัน。
どちらも、はなればなれ。
さーて、どれがいいかな。
やっぱり、日本語は、そしてひらがなは安心する。
そりゃそーか。
もう何十年も一緒に過ごしてきたんだ。
これからも、はなればなれにはならない。
仲良く手をつないで、たくさんの言葉を紡ぎ出してゆきたい。