Ryu

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6/14/2025, 2:17:03 AM

その部屋には静かにピアノの旋律が流れていた。

「素敵な曲ですね」
私の言葉に、目の前のソファに座る彼女は、薄く微笑んで答える。
「私の恋人が作ってくれた曲なんです。私だけのために」
「恋人が?それは素晴らしい。彼氏さんは、音楽をやってらっしゃる方なんですか?」
「ええ、ピアニストでした」
「…でした?」
「先日、事故で亡くなったんです。この曲を完成させて、まもなくのことでした」
「それは…すみません。お辛かったでしょうね」
「ええ…でもね、彼は今でも、この曲で私を包んでくれています。あの頃と同じように」
「なるほど。彼の忘れ形見ってことですね。…ずっと聴いていらっしゃる?」
「ええ、ずっと。この曲が聴こえないと、私は死んでしまいますから」
「それは…思いが強すぎるのでは?」
「いいえ、私には聞こえるんです。彼がこのメロディに乗せて、私に伝えてくれるメッセージが」
「彼は…何と?」
「君がこの曲を聴くのをやめたら、僕のところにおいでって」
「そんな…気のせいですよ。そんな風に聞こえてしまうだけで」
「メッセージはもうひとつ…君以外の人がこの曲を聴いたら、僕のところに呼び寄せるよって」
「…え?」
「私の家族が三人、立て続けに亡くなりました。だからあなたを呼んだんです、葬儀屋さん」

ピアノの旋律が、少し乱れたような気がした。

6/12/2025, 10:54:34 PM

I love 休日の朝。
目覚めた後で、「今日は仕事に行かなくていいんだ」と気付く瞬間。
特に何の予定もない休日でも、何もないという余裕を感じられるのが嬉しい。
今すぐ起きて好きなことしてもいいし、このまま好きなだけ寝てるのも悪くない。
何かに縛られない一日の始まりを、心から愛してる。

でもまあ、この喜びも、日々仕事に行って働いてるからこそ得られるもんなんだろうな。
そのギャップが大きければ大きいほど、打ち震えるような喜びを感じる。
毎日がお休みで、それが当たり前になれば、今のような幸せを感じるのは難しいだろう。
当たり前に人はさほど喜ばない。だって当たり前だから。

I love 仕事、な人になれれば、こんな後ろ向きなことを考えずにいられるのか。
そんな人いるのか⋯まあ、いるか。
そーゆー人は、休日を疎ましく感じるのかな。
休んでなんかいないで、もっと仕事をしたい、と。
羨ましい⋯いや、羨ましくはないな。
仕事より愛する家族がいる自分のままでいい。
休日、家族と一緒に過ごすことを夢見て、日々の仕事に打ち込む自分のままで。

そっか、I love 休日の朝、というより、I love My Family だったな。
結局、これのために頑張ってるわけだ。
安易なオチに辿り着いた感もあるが、愛されるからこそ愛すべき存在が生まれる。
そんな存在と過ごす休日を待ちわびるのは、決して後ろ向きな考えじゃなかったな。
I love All of My Life.
時に嫌になったりする朝も含めて、すべてが生きているからこそ。

6/11/2025, 10:38:34 PM

雨音に包まれて、眠った。
今日はもう疲れたよ、君はそう言った。
僕の気持ちも知らずに、気持ち良さそうに眠る君は、天使なのか悪魔なのか。
雨音はザーザーと、地面を揺るがすほどの勢いで降り続ける。

つまらない喧嘩だった。
だから君は、つまらないからやめようよ、と言った。
つまらなくなんかない、大事なことだ、僕はそう言った。
でも、つまらないことだった。僕が意地を張っていただけ。
君を困らせる必要なんてなかった。
遠く、雷鳴が聞こえる。

きっと、明日の朝になれば、僕の心は晴れ渡り、今夜の不満なんて跡形もなく消え去っているのだろう。
きっと雨も上がる。
だから今夜のうちに、伝えたいことを伝えておきたかった。
それで君とぶつかるなら、それは僕達にとって必要な試練だと思った。

だけどそれは、僕のつまらないエゴだった。
君の安らかな寝顔が、それを教えてくれる。
つまらない喧嘩だと、天使のように諭してくれた君。
僕の思いは届かなかったんじゃなくて、すでに配達済みだったんだね。
封を切って箱を開けて、ちゃんと中身を確認してくれていたんだ。

その上で、譲れないところは譲れないと、当たり前の答えをもらっただけ。
それを伝えてくれた後の、満足そうな眠り。
二人の関係を壊す要素なんてどこにもなかった。

雨音はザーザーと、君への賛同の声を上げている。
雨音にまで味方される君は、天使なのか悪魔なのか。
雨音に包まれて、夜は更けてゆく。
悔しいけど、満場一致で君の勝利。
まだ、喝采は止みそうにない。

6/10/2025, 10:44:17 PM

その美しい人は、雨に濡れて薄汚れた子猫を蹴り飛ばした。
自慢のヒールを汚されるのが我慢ならなかったらしい。
高価なヒールは彼女の美しさの一部だ。
身にまとう美しさは、その心の醜さを覆い隠し、彼女は今日も羨望のステージに立つ。
スポットライトを浴びて、ヒールに付いた汚れをひた隠して。

ヒールの先で蹴られた子猫は、止まりかけた呼吸を何とか取り戻した。
頼りない小さな体で、それでも何とか生きようと抗っている。
泥にまみれて、雨に濡れて、明日を生きる糧もない。
だがしかし、生きようとする思い、それはがむしゃらで、煌めく命の灯火は美しい。
惰性で生きる人間達を、羨むこともない。

その後、子猫は通りかかった老婆に拾われ、濡れた体は毛布にくるまれる。
美しい命が美しい心に出会い、この混沌とした世界に生きる手段と理由を生み出した。

美しい人はその業界を席巻し、不動なる地位を築いてゆく。
ある日の雨上がり、移動する車内から、水たまりで遊ぶ幼い子供達を見かけた。
靴が汚れてしまうことなど気にもせずに、戯れる子供達。

ああ、私にもあんな時代があったな。
そうは思ったが、戻りたいとは思わない。
私は幸せを手に入れた。
もがき、あがき、血を吐く思いで。
この幸せを、いつまでも守り続けたい。

子猫と老婆は寄り添いながら眠り、このささやかな幸せを、いつまでも守り続けたいと願う。
子猫は温もりを手に入れ、老婆は孤独を癒してくれる存在を手に入れた。
幸せの形は違えど、誰もがそれを求めて生きている。

世界に息づく、そのすべてが美しいと思った。

6/9/2025, 10:10:37 PM

不思議で仕方がない。
どうしてこの世界は、色があるのだろう。
青い空や白い雲。
それは赤い夕焼けや青い黎明にも色を変え、その間には漆黒に染まる夜がある。
海は青く、木々は緑、これも赤や黄色に色を変え、花や植物にいたっては、色とりどりだ。
世界はカラフル。人種だって色で分けられる。

どうしてこの世界は、音があるのだろう。
心地良い音楽、耳障りな騒音、人の話し声、動物の鳴き声、すべての環境音。
それらの音から、人は状況を認識する。
リラックスしたり、テンションを上げたり、不安になったり、異常を察知したり。
あなたの声や好きな音楽をずっと聴いていたい。
だけど日々、様々な音が耳に飛び込んでくる。

どうしてこの世界は、行動しないといけないんだろう。
学校に行ったり、職場に行ったり、勉強したり仕事したり、友達と遊んだり恋人とデートしたり。
やりたいこと、やりたくないこと。
当たり前に出来ること、自分にだけ出来ないこと。
それで悩んだり、頑張ってみたり。
いずれすべて無に帰るとしても、その行動に価値はあるのだろうか。

どうしてこの世界に、自分がいるのだろう。
命が芽生えた…命って何だ?
ゼンマイも無いのに、何故動く?
何故モノを考える?
メンドくさい。
でも、思いを吐露するのは嫌いじゃないから、今日は世界について考えてみた。
…いや、いつのまにか、世界というより自分についての考察になっているが。

まあ、「我思う、故に我あり」そして、自分が認識するからこの世界は存在するのだろう。
自分のいない世界は存在しないも同然だ。
色も音も行動も、自分がそれに心を動かされるからそこにある。
そして、人生に意味を持たせてくれる。
自分がここに存在する理由も。
命の原理なんて分からないけど、色や音や行動があるこの世界で生きていくのは、そんなに悪くない。

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