Ryu

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「それじゃあ、またね。元気でね」
君が右手を差し出した。
でも、僕の右手はポケットの中。
「またね、とか、またいつか、とかって、もう会うつもりのない相手に使う言葉じゃない?」
仏頂面で僕が言う。
「そんなことないよ。また会いたい、って心から思ってる。それがいつになるかは分からないけど、その気持ちは本当だよ」
君が右手をそっと下ろした。
心がチクリと痛む。
「もう少し、君が大きくなったらね、もっといろんな話が出来るようになったら、また会おうよ」
君は僕を見下ろして、僕の大好きな笑顔を見せてくれる。
でも今は、その笑顔が悲しくて涙があふれそうになる。
「その頃には、今のこの気持ちなんて忘れてるかもね。僕だって大人になるんだ。いつまでも君のことなんて…」
僕の言葉に、君は優しい笑顔のまま頷いて、言う。
「そうだね。君も大人になるんだよね。それが楽しみ。私のことを忘れてしまってもいいよ。きっとその頃には、お互いが違う幸せを見つけてるのかもね」
…そんなことない。
言おうとしたけど、何故だか言葉が出なかった。

電車が、発車のベルを鳴らす。
君が、本当に大好きだった君が、僕の目の前から、消えようとしている。
またね。
もう一度君がそう言って、大きな荷物を抱えて、車両に乗り込んだ。
ドアの向こうに姿を消した君を、僕はいつまでも見つめている。
君は、振り返らない。
いつだって君は、涙を見せない人だった。

走り去った電車を見送って、悲しかったけど、こんなところで悲劇の主人公を気取るのは嫌だった。
君とのたくさんの思い出が頭の中を巡ろうとするのを断ち切って、僕はホームを歩き出す。
だって僕は、大人になるんだから。
大人になって、君の期待に応えられるような大人になって、もしもまた会える日が来るなら、その時の僕にとっての幸せを君に伝えたい。

またね。
心の中で君にそう言って、僕は改札を抜けた。

8/6/2025, 9:57:50 PM