夕暮れの風を感じて、ほんの束の間、暑さを忘れる。
ホームで電車を待っていた。
「今日、会社でさ、部長が新人にキレちゃってさ」
後ろを通りかかったサラリーマン二人が、そんな話をしている。
会社ってのも大変なんだな。
大人達がキレたりキレられたり。
私はと言えば、バイトの面接を終えたところ。
感触は微妙。
でもまあ、まだ学生の身分の私は、働かなくても生活は出来る。
両親のもとで、寝るも食べるも困らず、単位を落とさないように根回ししておけばOK。
いずれ社会に出ていくその日のために、少し経験を積んでおくのも悪くないかなと思っただけ。
電車がホームに滑り込んでくる。
時間的に、仕事帰りの人達で車内は埋め尽くされている。
誰もが、今日を生きるために様々な活動をしたのだろう。
成功した人、失敗した人。
朝の時点では分からなかったその結果を携えて、たくさんの人達が夕暮れの電車に揺られている。
私はと言えば、もう少し敬語の使い方を覚えた方がいいかな、なんて反省をしつつも、でも、フレンドリーに話した方が心が伝わる気がするんだよな、なんて言い訳も考えて。
そんなに悪くない一日だった。
だいたい毎日、そんな感じ。
最寄り駅で降りて、自宅までの道のりを歩く。
風は弱まり、夜のそれに変わっている。
気温が低くなった分、のんびり歩くのが心地良い。
今日、会社で部長に怒鳴られた新人君は立ち直れただろうか。
学生の私のように、軽い気持ちで挑めるものではないのだろう。
これから、家族を持って支えていくことになるかもしれない。
…それは、私も同じか。
父や母の世話になれるのはいつまでなんだろう。
「自立」という言葉に耳を塞いでいられるのは?
今日の面接の反省点を考える。
やっぱり、敬語はしっかり使えるようにしとかないと、新人君が部長にキレられたのもそのせいかもしれないな。
勝手な推測とともに自宅に辿り着き、玄関のドアを開ける。
弱まっていたはずの風が一瞬強まって、背中から吹きつけたような気がした。
不安な気持ちに包まれた私の背中を押してくれるような風を感じて、小さな頼もしさとともに、家族に「ただいま」を告げた。
8/10/2025, 5:57:03 AM