Ryu

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5/27/2024, 2:31:08 PM

天国と地獄は隣り合っている。
その間には頑丈な扉があり、天国から地獄への移動は出来るが、地獄から天国への移動は出来ない。
極稀に、痛めつけられる方が天国だ、と感じる人もいるからってのが理由かと思うが、まあそうはいないだろう。
そして、地獄から天国への移動を許したら、地獄はいつも閑古鳥が鳴いているだろう。

…と、思われたが、最近、せっかく天国に召されたのに、自ら扉を開けて地獄にやって来る若者が増えたという。
閻魔様は不思議に思って、最近地獄に来たばかりの若者を捕まえて訊いてみた。

「おい、お前は何故、自らあの扉を開けたのだ?」
「何故って、こっちが良かったからだよ」
「だから、それは何故かと訊いている。苦しむことが好きなのか?」
「苦しむのは嫌だけど…ちゃんと働いてりゃ別に怒られないし、最近はこっちも緩くなったって聞いてさ」
「そんなことはないだろう。部下達はしっかり働いとるぞ」
「働いてるけど、優しくなったよ。今やどこの世界でも、体罰には抵抗があるんじゃないのかな」
「まあ…私としても、理由もなく痛めつけるのは気が咎めるが…」
「仕事もさ、言われた通りにやってりゃいいしさ、究極の指示待ち人間の俺にはちょうどいいんだよ」
「究極の指示待ち人間…他の奴らもそうなのか…しかし、天国にはもっと素晴らしい世界が広がってるんじゃないのか?…私が言うのも何なんだが」
「まず、明るすぎてさ、なんか落ち着かない。まあたぶん、生きてる間はずっと引きこもってて、スタンドライトの明かりだけで過ごしてたからかな」
「し、しかし、天国なんだから、優しくてイイ人達がたくさんいるだろう…私が言うのも何なんだが」
「だからぁ、ここの人達も優しいって。ボスのあんたの人柄も影響してんじゃないの?」
「そんなバカな。ここは地獄だぞ。私は閻魔大王だぞ」
「最近、パワハラの研修があったって聞いたよ」
「いや、あれは…」
「それにさ、天国の連中は、何かと他人を気遣っておせっかいなんだよ。一人でいる人間を放っておけないんだ。勘弁して欲しい」
「ここだって、あれやれこれやれうるさいだろう」
「そんな時は、何かやらかして独房の檻に入ればいい。あるじゃん、一人きりになれる場所」
「…あるな、うん、ある」
「そーゆーこと。じゃあ、もういいかな」

彼は去って行った。
納得したような、理解不能のままのような。
まあ、おかげで地獄も、天国に負けず劣らず大盛況だ。
私の査定も高評価されるだろう。
何も悪いことはないか…。

だが今後、彼のような人間が増えていくとしたら、本当にこの場所を地獄と呼べるのだろうか。
彼らにとって、ネカフェ並みの居心地の良さで、地獄としての機能を失ってしまうかもしれない。
そしたら、閻魔である私は、職を失うハメになるのでは?
それはまさに…地獄だ。

5/27/2024, 2:19:29 AM

星に願いを、とか、月に願いを、とか言うけど、誰もいないはずの惑星に願いを送るのって本当に効果があるのだろうか。
誰も聞いてくれないんじゃ…と思うけど、あれは惑星自体を擬人化、もしくは神格化してるのだろうか。
自由意志のない惑星に、願いを聞き入れてくれる能力があるとは思えないのだが。

と、無粋なことを言ってみる。
さらに、異星人がいるとしても、我々の言葉は分からないだろうし、そもそも、我々の願いを叶える義理もない。
なんて、身も蓋もないことを言ってみる。
だいたい願いなんて、見も知らぬ他人に託すものじゃなく、自分の力で勝ち取ってなんぼのもんだ。
などと、調子こいたこと言いながら、今日の夜空に流れ星を探したりして。

やっぱり人は、未知なる壮大な世界や存在に、畏怖とともに畏敬の念を抱くもので、太陽崇拝が生まれたのも大いに頷ける。
それのロマンチストバージョンが、星に願いを、なのだろうか。
灼熱の太陽のもとで大勢の信者が祈りを捧げる光景と、静かな夜に一人で夜空を見上げながら想いを伝えるイメージの違いは大きすぎる。

星に関するイベントなら、日本には七夕があるが、織姫と彦星の悲恋がもうすでにロマンチック。
一年に一度しか会えないのに、なぜ別れないのか。
と、デリカシーのないことを言ってみる。
自分達の恋愛成就もままならない二人に、日本中の人達が短冊に願いを書いて送りつけるのは…いかがなものか。
とか、自分は違う的なこと言いながら、子供の幼稚園の七夕イベントも、張り切ってビデオに撮ってたな。

気付けば、月に願いを、じゃなくて、星に願いを、で話を進めてる。
まあ、月も星のひとつには違いないか。
数ある星の中でも、人類は月に降り立っている訳で、あのゴツゴツした無骨な地表や、生命を感じさせない無機質な世界を目にしている。
なんかそれよりは、遠くで光輝いている未知なる星や、尾を引いて流れてゆく綺麗な流れ星の方が、イメージ的にはご利益があるような気がする。

などと、ロマンチシズムの欠片もないようなことを言って、オチもないのに終わりにする。
何故ならこれから、自分の願いを叶えるための一番の近道である、仕事が始まるから。
ああ、ロマンチシズムの欠片もありゃしない。

5/25/2024, 2:04:37 PM

降り止まない雨に打たれて、君は泣いていたね。
誰の優しさにも触れることが出来ずに、どれだけ誠意を込めても、誰かの悪意にさらされて。
こんな世界なんていらないと思った。
こんな世界から消えたいと願った。
その場所から一歩踏み出せば、雨宿り出来る軒下があることにも気付かずに。

優しさに触れることが出来ないのは、優しさが欲しいと相手にちゃんと伝えないから。
世界に悪意が溢れていると感じるのは、君が悪意に怯えてばかりいるから。
優しさが枯れ果て、悪意に満ちた場所にいるように感じてるのかもしれないけど、君や僕のような人間がいることを忘れないで。

僕は君を守りたい。
君が悲しみに暮れるのを見ていたくない。
きっと君も、悲しんでる人を目の前に、放っておくことなんて出来ない優しさを持っているはずだ。
そしてね、この世界にはきっと、そんな君のような人達がたくさんいるんだよ。
君が優しさを必要としていることを知ったら、少しでも力になりたいと思う人達が。

自分は人に優しくしたいのに、他の人はそう考えないと思うのは君のエゴだよ。
僕達が君のためにしてあげたいと思うことを受け入れて欲しい。
まずは、君が雨宿り出来る軒下を用意したから、濡れて風邪をひく前に使ってくれないかな。
本当は、降り止まない雨なんてないからね。
この降り続く雨も、いつか必ず終わる日が来る。

そして君は、あの頃の自分。
僕は君を守りたい。僕は君を応援してる。
ほら今は、降り注ぐ太陽の光のもとで、あの頃の自分にエールを送るよ。
そんな時代があったことを、思い出したから。
それを乗り越えてくれたから今があることに、感謝してるから。

5/25/2024, 7:12:14 AM

あの頃の自分が、バリバリのおっさんだと思っていた年齢はとうに過ぎた。
もはや、初老と言っても過言ではない。
いや、過言であってほしいが、老化と呼べるものが自分の中で着々と進行しているのは確かだ。
身をもって感じる。

あの頃は、こんな歳になった自分を想像出来なかった。
今だって、自分が死を迎える時のことなど想像出来ない。
いずれ来ることだけは頭で理解しているが。
時は流れて止まることはなく、気付けば今の自分も、あの頃の私に変わってゆく。

どの時代の自分にも、満足してる訳じゃない。
でもきっとその時の自分の精一杯だったと思う。
だから、あの頃に戻りたいという感慨はない。
あの頃の自分なりに頑張ってやり切ったはずだから。
あとは、この先を精一杯で生きていくだけ。

あの頃の自分に伝えたいことがあるとしたら、
「頑張ってるよな、知ってるよ」

何の偉業も達成しちゃいないけど、ここまで生きてきたことが、そして今の自分があることが、頑張った証。
ヒーローや大富豪になんかなれてないけど、立派なおっさんになれただけで、もう十分だよ。
立派なおっさんには、仕事や家族や趣味がある。
あの頃の自分が持っていなかった、素晴らしいものだってたくさん持ってる。

生きていきゃ、嫌なことや辛いこともあるだろうけど、そんな経験が出来るのも生きているからこそで、それを乗り越えた時の喜びだって知ってる。
だから、きっとこれからも立ち向かっていけるだろう。
不安ながらも立ち向かってきた、あの頃の私のように。

そしていつか、仕事や家族や趣味に奮闘する今の自分に、
「頑張ってるよな、知ってるよ」
とエールを送る、未来の自分になれることを願ってる。
初老を通り越して、正真正銘の老人になった自分が、若かりし頃の自分を誇りに思えるように、精一杯これからを楽しんで、闘って、夢見て、歳を重ねていきたい。

まあ、白髪とか加齢臭とか、いらんもんも増してゆくのには閉口するけどね。

5/23/2024, 2:06:28 PM


大学の友達が、まったく講義に出てこなくなった。
心配なので家を訪ねると、昼なのにカーテンを閉め切って、暗い部屋の中で身を縮めている。

「いったいどうしたんだ?何をそんなに怯えてるんだよ」 
「ヤバいんだ。ずっと俺を監視してる奴がいる」
「監視?何のために?」
「そんなの俺が聞きたいよ。外に出ると、俺にピッタリくっついて、ついてくるんだ」
「どんな奴なんだ?それは」
「黒ずくめで、顔も分からない」
「危害を加えられたりはしないのか?」
「今のところは。でもきっといつか、何か仕掛けてくる」
「今はどこにいるんだ?」
「姿は見えないけど、きっと近くにいるよ。俺には分かる」

夜になっても明かりをつけようとしない。
奴に見つかってしまうからだと言う。
だが、比較的落ち着いて見えた。
「こうして暗闇に隠れてれば、奴は姿を現さないんだ」
本当だろうか。夜の方が、闇に紛れて動いていそうな気がするが。

今夜は泊めてもらうことにして、明日は一緒に大学に行こうと約束した。
そしてもしそいつが後をつけてきたら、俺が撃退してやると。
俺は空手有段者だ。
そんなコソコソ野郎に負けるつもりはない。
彼は少し安心したように、その夜は深い眠りについた。

翌日は快晴だった。
恐れるものなど何もないと思えるような清々しさだが、太陽に向かって歩く大学への道中、後ろを振り返ると、彼の表情は信じられないほどに強張っている。

「どうしたんだ? 奴がいるのか?」
「お前…見えないのか…?」
「え…どこにいる!?」
「俺の…足もとだよ!」

彼の足元には、彼の影があった。
正面からの太陽の光を受けて、背後に、黒ずくめの…ずっとついてくる…。
すべてを瞬時に悟ったような気がした。
思うように単位が取れずに悩んでいたとも聞いている。
だが、まさかこんなにまで…病むほどに…。

その時、気付いた。
彼の影の右手には、刃物のようなシルエットが握られている。
実体の彼はそんなもの持ってない。
「きっといつか、何か仕掛けてくる」
そんな、馬鹿な。俺まで病んでしまったというのか。
幻を振り払おうと目を凝らした。

眩しい陽光の中、右手に刃物を持った影が、ゆっくりと地面から身を起こす。
ゆらゆらと立ち昇る影。
右手の刃物は、いつの間にか銀色のそれに変わっている。

「お、おい…」
「なあ、お前のおかげで、昨夜は久し振りに楽しかったよ。…ありがとな」

影が、彼に覆い被さるようにして、彼の体を黒ずくめに変える。
慌てて飛びかかったが、血まみれの彼にタックルしただけだった。
道行く人が立ち止まりこちらを見ている。
いつの間にか、血に濡れた刃物は俺の手に握られていた。
そして、あの暗黒の存在は、彼の足元で何事も無かったかのように…単なる影に戻っていた。

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