大学の友達が、まったく講義に出てこなくなった。
心配なので家を訪ねると、昼なのにカーテンを閉め切って、暗い部屋の中で身を縮めている。
「いったいどうしたんだ?何をそんなに怯えてるんだよ」
「ヤバいんだ。ずっと俺を監視してる奴がいる」
「監視?何のために?」
「そんなの俺が聞きたいよ。外に出ると、俺にピッタリくっついて、ついてくるんだ」
「どんな奴なんだ?それは」
「黒ずくめで、顔も分からない」
「危害を加えられたりはしないのか?」
「今のところは。でもきっといつか、何か仕掛けてくる」
「今はどこにいるんだ?」
「姿は見えないけど、きっと近くにいるよ。俺には分かる」
夜になっても明かりをつけようとしない。
奴に見つかってしまうからだと言う。
だが、比較的落ち着いて見えた。
「こうして暗闇に隠れてれば、奴は姿を現さないんだ」
本当だろうか。夜の方が、闇に紛れて動いていそうな気がするが。
今夜は泊めてもらうことにして、明日は一緒に大学に行こうと約束した。
そしてもしそいつが後をつけてきたら、俺が撃退してやると。
俺は空手有段者だ。
そんなコソコソ野郎に負けるつもりはない。
彼は少し安心したように、その夜は深い眠りについた。
翌日は快晴だった。
恐れるものなど何もないと思えるような清々しさだが、太陽に向かって歩く大学への道中、後ろを振り返ると、彼の表情は信じられないほどに強張っている。
「どうしたんだ? 奴がいるのか?」
「お前…見えないのか…?」
「え…どこにいる!?」
「俺の…足もとだよ!」
彼の足元には、彼の影があった。
正面からの太陽の光を受けて、背後に、黒ずくめの…ずっとついてくる…。
すべてを瞬時に悟ったような気がした。
思うように単位が取れずに悩んでいたとも聞いている。
だが、まさかこんなにまで…病むほどに…。
その時、気付いた。
彼の影の右手には、刃物のようなシルエットが握られている。
実体の彼はそんなもの持ってない。
「きっといつか、何か仕掛けてくる」
そんな、馬鹿な。俺まで病んでしまったというのか。
幻を振り払おうと目を凝らした。
眩しい陽光の中、右手に刃物を持った影が、ゆっくりと地面から身を起こす。
ゆらゆらと立ち昇る影。
右手の刃物は、いつの間にか銀色のそれに変わっている。
「お、おい…」
「なあ、お前のおかげで、昨夜は久し振りに楽しかったよ。…ありがとな」
影が、彼に覆い被さるようにして、彼の体を黒ずくめに変える。
慌てて飛びかかったが、血まみれの彼にタックルしただけだった。
道行く人が立ち止まりこちらを見ている。
いつの間にか、血に濡れた刃物は俺の手に握られていた。
そして、あの暗黒の存在は、彼の足元で何事も無かったかのように…単なる影に戻っていた。
5/23/2024, 2:06:28 PM