もわりとした風がまとわりつく駅前。
夕暮れになっても気温はちっとも下がらない。
生温い風に呼吸まで苦しくなる。
会えない時間を過ごす僕の、行き場のない気持ちのようで。
日傘の下で手を振る君の周りだけが、やけに涼しげに見えて。
短い階段を駆け降りる。
ようやく息ができる気がする。
『オアシス』
結局いつも雑魚寝になってしまうな。
空いた缶をビニル袋に放り投げ、所謂パーティ開けされたスナック菓子の袋を雑にまとめる。
俺の下宿が大学のすぐそばで。
ゲームしたりダベったりにちょうどいい溜まり場になっていた。
誰かトイレに起きてもゴミを蹴飛ばさない程度には通り道が出来た。
ちゃんとした片付けは起きてからやろう。
あとは……。
男共はほっといて、女子二人には何か掛けておこうと思ったが、普段使いのブランケットでは気が引ける。
しばし考えて、引き出しの奥から大きめのタオルを引っ張り出した。
去年の夏フェスで買ったきり使っていないから、臭ったりはしないだろう。
ベッドにもたれかかったみっちゃんの肩に、先にそれを掛ける。
そんな気持ちないのに、なんか無駄にドキドキした。
カナちゃんは、グラスを握り締めたままテーブルに突っ伏して寝落ちしていた。
睡魔に襲われる数分前まで、俺の知らん男の同じ話を延々していたカナちゃん。
指先をグラスから剥がすように解いて、目尻に白く残る涙の跡に気づく。
こんな近くで顔を眺めたのは、初めてかもしれない。
彼女はさっき泣いていただろうか。
欠伸を連発していたから、単にそのせいかもしれない。
近い将来、人知れず泣いた彼女の痕跡を、この距離で誰が見つけるのだろう。
嫉妬とも呼べないモヤモヤを抱えて派手な色のタオルをそっと掛け、俺はその傍に雑に横になった。
『涙の跡』
コンビニで買ったスポドリを、日陰でしばしおでこに当てる。
急上昇した気温と湿度に耐えていた肌が、冷えた水滴にふわりと緩む気がした。
目を閉じて「あー」と満足の息が漏れたところで、額の冷感が奪い去られる。
目を開けると同時にキャップの開く音がした。
「おばさんくせぇな」と笑う君。
半袖が、やけに眩しい。
『半袖』
生きてる間に出会える相手なんて、ほんのひと握りなのに。そのうちのひとりに過ぎない相手にここまで振り回されて、馬鹿みたい。
目を閉じていても、髪に近づく気配がわかる。想像以上の優しさで、頭をそっと撫でられる。
もしも過去へと行けるなら、あんたなんかやめとけって、絶対自分に言うんだから。
髪を撫でる手が困ったように一瞬止まり、それからそっと頬を拭った。
『もしも過去へと行けるなら』
「こんなの、本当の恋じゃないよ。
着心地がいい、シルエットがきれい、色味がシックで落ち着いてるなんて、その気にさせる言葉と一緒に並べられた洋服みたい。
身につけた自分を想像して、勝手に四割増くらいでかっこよくしちゃってさ。
帰って着てみたらこれっぽっちも似合ってないのに。
こんな服、全然欲しくなんて無かったって気付くのに。
ずっと易いほうに流されてくんですか?
忘れ去られて放っておかれる服の気も知らないで。
「本当かどうかって、そんなに重要なのかな?
服とか全く詳しくないけど、その人に似合うかどうかなんて、その場の試着だけじゃよく測れないだろ。
それにそんなこと、誰かに決められるもんじゃない。
心地いいかどうかは、たぶん未来の自分だけが知ってる。
俺は、最善だと思う方を選びつづけることしか出来ないから。
そっちこそ、難しく考えすぎんなよ。
拒まれてなお強く引かれた手首は、それ以上抵抗することなく相手の胸に収まった。
『True Love』