未知亜

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7/23/2025, 9:17:54 AM

「じゃあ、またいつか」
そう言って君は右手を高くあげた。
「また明日(もしくは月曜日)」
なんて言い合ってきた道の角で。

へえ。そんな風に簡単に手を振れちゃうんだ。いや、分かってたけどさ。

振り返す代わりに、私の手はリュックの紐をぎゅっと握った。憎たらしい背中に、えいやと体当たりする。不意打ちを食らった君が、大袈裟によろめいて見せた。

口から心臓が飛び出しそうで、私は唇を強く結んだ。
さっきの「いつか」を「明日」に変えてやるんだから。「またいつか」なんて言わせないから。絶対に。

息を大きく吸い込んで、私は「あのさ」と切り出した。はずだった。


『またいつか』

7/22/2025, 8:34:17 AM

めぼしい衣類を詰め終えて立ち上がったら、脇に重ねられた本が雪崩た。僕はまたため息をつく。
「ゆっくん、また!ㅤ幸せ逃げるよ?」
とたしなめる笑い声が聞こえる気がした。

崩れた本たちを、適当に積み直す。『ハイデガー入門』に『空の名前』、そのそばには『スプートニクの恋人』。『地球の歩き方』やファッション雑誌もあった。なにかの基準で積んだのかもしれないが、多彩すぎて分からない。

雑誌には見覚えがあった。しわくちゃになった表紙を指先で伸ばす。初詣の帰り道、立ち寄った本屋で君が買った『今年の星占い特集』だ。

思わずページを繰ってみる。うお座の健康運を斜め読みしたけど、期待した未来は書かれていなかった。食べ物に気を使えとか睡眠を大切にしろとか、んなもん全部あいつは守ってんだ。

めげずに自分の星座を見た。紙面は、労いの言葉で溢れていた。これまでの努力がとてもいい形で報われます、と。必ずしも現状を知って書かれた言葉ではないはずなのに、鼻の奥がつんとした。

もしかして、良い運気をもたらす星を僕は追いかけていられたのだろうか。
派手な表紙のその雑誌を、着替えの詰まった紙袋に僕はそっと滑り込ませた。不思議なほどすっと心に入ってきた運気を、なんとしても君と分け合うと決めて。

『星を追いかけて』

7/21/2025, 9:53:47 AM

喉の乾きを覚えて目を開けた。
カーテンに区切られた空の端で
雲がすごい速さで流されて行く。

グラスを手に蛇口をひねる。
こうして飲んでしまうから
いつまで経っても涙が枯れない。

溢れた水が生温く指を濡らす。
今を生きるなんて、出来そうもない。

『今を生きる』

7/1/2025, 9:29:45 AM


眠れずに朝を迎えるなんて何年ぶりだろう。
窓を開けたら意外と風があって、部屋のカーテンをゆらりと動かした。
寄せて返すようにひるがえるそれを、あの時も眺めていた。

なんかキモイ。
そんな言葉で延々なじられた放課後。
理由なんて多分どうでもよかった。
目の端で教室のカーテンが、波のようになびいて。
美しいなと感じた瞬間、聞いてんのかと殴られた。

いっそ、たなびく青いカーテンの海に潜り込めたら良かった。
波のような穏やかさに沈めば、静かに消えていけたかもしれない。
現実の僕は消えずに、ただ今が通り過ぎるのを待った。
震える手を握りしめて。

子供みたいで融通がきかないのを、青いなんて言うけれど。
もっともっと容赦なく僕は青いままでいたかった。
自分の鈍感さに気づかないほど、青く深く潜りたかった。


『青く深く』『カーテン』

6/30/2025, 9:59:09 AM

ㅤ夏の味、夏薫る、夏仕込み。
ㅤ呟いた僕に隣から「なにそれ」と笑いが返る。
「夏の気配を感じるなあって」
スーパー入口の野菜コーナーにまで積まれたビールを、僕は指した。
「なんかさ、昔よりかなり夏推しじゃない?ㅤ前は秋の方がこんな感じじゃなかった?」
「あんま飲まないからわかんないなあ」
ㅤ特売のブロッコリーを見比べながら、君。
「お、これなんか新しいよ。ナツノオモイデ」
ㅤ海と山ととうもろこし。花火。割り箸の刺さったなすび。風鈴に流しそうめん。様々なイラストが、側面いっぱいに描かれている。
「夏、まだ始まったばっかなのに」
ㅤこんな思い出をたくさん、この夏の君と共有出来ますように。
「じゃ、行っときますか、まだ見ぬ世界へ!」
ㅤヘラヘラ笑って、僕は夏を手に取った。


『まだ見ぬ世界へ!』『夏の気配』

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