あっけにとられた僕に君は風のように笑った。
二度は言わないよー。
伸ばされた手が僕の右手からアイスをさらう。
あー。夏って感じする。
誤魔化すみたいに齧り付いた唇の端のクリームが、
まるで虫みたいに僕を引き寄せて。
口の端から君の味がこぼれる。
『こぼれたアイスクリーム』
あなたの後悔が少ない方に進みなさい。
そう、あなたは笑った。
あまり先のことを考えすぎず、嫌だなと思う方には行かないこと。
意外とそれだけで、目の前が開けることもあるよ。
けれど、
やさしさなんていまはいらない。
『やさしさなんて』
目が痛い。
週末から何度泣いたのか、自分でも思い出せなかった。
ドライアイ気味で買ったはずの目薬が、机の隅で笑っている気がする。
パソコンを閉じ目を揉んだ。
いろいろ調べて頭がパンクしそうだった。
メッセージの通知音がする。
「いい風が吹いてるよ」
なんて皮肉な表現だろう。
風どころか八方塞がりじゃないか。
窓がカタカタ音を立てた。
いや、違うか。
感じようとすれば、風は必ず吹くのだ。
『風を感じて』
心から安心できる場所なんて、ほんとにあるのかな。
答えを求めるでもない呟きに、
簡単に大丈夫なんてとても言えないし。
君の前を去ると決めた僕に、
何を言えた義理もないけど。
ただ涙をこぼすだけだった君が、
こんなにもしっかりした瞳をしてるから。
今いる場所も未来の行方も、
君には随分見えている気がしてるから。
その時はたぶん夢じゃない。
『夢じゃない』
出かけようと扉を開けた矢先に雨。
みるみる黒い雲が広がり、雷が轟いた。
今日に限って予報を見逃したのは、確かに僕の落ち度だけど。
君とはぐれて狂いだした心の羅針盤。
あれからなにをしても上手くいかないんだ。
いちばんの基準が根底から揺らいで、
ふらふらゆらゆら
まるで当てずっぽうの方角を示す。
真っ赤に染まったレーダーの画面を閉じ、僕は大きく息を吐く。
まっすぐに闇雲に、煙る空へ飛び出した。
『心の羅針盤』