棒付きアイスを買ったのは子どもの頃以来だった。並んで同じものを食べてても、必ず口を近づけてきた。
もう二度と誰にもひと口もあげない。
もう二度とアイスなんか食べない。
ずるいよなあ。
私の視界に勝手に入っておいて。
なかったことにしちゃうんだもん。
ずるいよなあ。
私の世界をぜんぶ奪っておいて。
届かない場所に消えちゃうなんて。
『届かぬ想い』
茜は祈った。ベッドの淵に手を乗せて。今日授業で見た、自分よりも小さな女の子がやっていたように指を組み合わせて。
神様。もしいたら、いますぐ戦争をやめさせてください。人と人がどうして殺し合わないといけないの。どうしてもやりたいなら、国のえらい人どうしでやったらいいじゃない。なんのつみもない小さなこどもや、生まれたばかりの赤ちゃんまで巻きこむなんてひどすぎる。どうか神様。いますぐ戦争をなくしてください!
茜の指先は込められた想いと力で白くなっていた。いままでこんなに一生懸命何かを願ったことはなかった。お母さんに「そろそろ寝なさい」と言われてもやめなかった。空のどこかにいるであろう神様へ届けようと、心を尽くして祈った。
祈り疲れた茜が温かなベッドで眠りについた頃。
モニターの前に神が戻ってきた。
『神様へ』
工事中のアスファルトを覗き込んだ小学生が、ランドセルのフックに吊った給食袋を後ろ手にポンポン叩く。足元でたんぽぽが揺れていた。
それで思った、金曜日かと。
一緒に眺めたものなんて数えるほどだったのに。何を見ても耳にしても馬鹿みたいにあなたを思い出す。
泣きたいくらい青い空とか。
『快晴』
がむしゃらに信じるもののほうに歩いてきた。それしかできなかった。駅から溢れてくる人波に逆らって泳ぐ。何者でもない夜がまた明ける。
ねぐらに帰る烏。
忘れ去られた洗濯物。
道路に沿ったつつじの花。
どこか遠くへ行きたくなるよ。
『言葉にできない』『遠くの空へ』
ガタガタと揺すられる窓の向こうに沈む夕日を見ていた。右肩がだんだんと重くなっていく。
「すみません。ネギが落ちてました」
小学校二、三年生くらいの男の子が料金箱の前に立ち、奥に手を突き出している。信号待ちだろうか。停留所ではない場所でバスは停車していた。
運転手と会話を交わした少年が、斜め前の席に戻ってくる。「運転手さん、なんだって?」と尋ねる同年代の子どもの声がする。
周りの大人たちが聞き耳を立てているのが判った。こういうときの、なんというか空気がほわんとなる感じが苦手だ。
「捨てときますねって」
特に残念がるでもなく、少年たちはゲームの話題に戻っていった。
ネギの落とし主は帰宅後そのことに気づいただろうか。切れ端程度だったなら、彼か彼女だかの人生になんの影響も及ぼさなかったかもしれない。たぶんそんなことのほうが、多いだろう。これからも、ずっと。
悲しいのかホッとしたのか自分でもよく分からないでいると、隣から声がする。
「どしたの?」
ぼんやりした目であなたが訊いた。
「着いた?」
いつの間にか深い藍青に染まった世界で、あなたの瞳にネオンサインの緑が煌めく。青臭いネギの香りがした。
『君の目を見つめると』『沈む夕日』『これからも、ずっと』