お気に入りのぬいぐるみと並んで眠る陽翔の寝顔を確認してリビングに戻ってきたら、あなたは律儀にまだベランダで待っていた。
「ぐっすりだったよ? なにもここまで徹底しなくても……」
私の報告に、あなたがシッと指を口にあてる。
「聞こえたら台無しじゃないか。念には念を入れたほうがいいって」
ささやいた手がサッシを閉めた。カーディガンに袖を通し隣に並ぶと、私たちは会議の続きを始める。来年小学校に上がる息子がサンタクロースから受け取る予定の、贈り物の中身について。
「クリスマスを思い出す時さ」
候補があらかた絞れると、私は空を見上げた。
「うん?」
「当日とセットで、たぶんこの景色もくっついてるんだろうな」
そうだねと、あなたが楽しそうに笑う。冬のほうが、星は明るく見える気がする。
『凍てつく星空』『贈り物の中身』
生まれた日が隣同士だと知ったのは出会った年の秋だった。運命だとか神さまだとかすぐ持ちだしちゃうあたしに、君はただ苦笑を返した。だけどやっぱりこれは、運命だと思うんだ。
五度目の゙今日を跨いで、あたしは隣のぬくもりを握る。あんなに恨んだ神さまに、節操もなく感謝する。
「誕生日おめでとう」
戻ってきた昨日と同じ言葉に、あたしは笑顔で頷く。
君と紡ぐ物語が、また始まる。
『君と紡ぐ物語』
かける言葉が見つからない。否、なにもかけるべきではないのかもしれない。どんなに言葉を尽くしたところで、私の経験しない世界にあなたはいる。
廊下からドアに触れ、私は願った。今すぐは無理でも。どうか温かな平穏があなたを包んでくれますように。
『失われた響き』
起きたら部屋中肉の匂いだった。
狭いこたつの上が、まさに肉で埋まっている。野菜も魚も、うどんや白飯もない。見事に肉だけ。以上。
「おそよう」
皮肉たっぷりに里香が言った。ごっくんと肉をのみ込んで。
「全然起きないんだね。あたしが泥棒だったら今頃死んでたよ」
泥棒は物を盗めればそれでいいのであって、寝ている者をわざわざ殺す必要がどこにあるのかと思ったが、面倒でやめた。
「どうしたの? この肉」
一応訊いてみる。
「もらってきた。あいつん家から」
予想通りの答えだった。
「それこそ泥棒したんだろ?」
「存在ごと消しちゃえばわかんないよ」
あんたも食べな、と里香は箸でつまんだ肉をひらひら振る。
朝から立派な霜降りだった。
『霜降る朝』
目の前でドアが閉まった。大きな揺れに身体を取られないよう踏ん張ると、先ほどまで座っていた場所にリュックの男性が座るのが見えた。ずり落ちそうになるストラップを慌てて捕まえる。
二駅前までは記憶があった。気づいた時には知らない駅で、発車アナウンスが流れていた。車内は乗った時より混雑している。大きなターミナルを過ぎたのだろうか。
諦めてドアにもたれる。ついでに床に鞄を置いた。聞いたこともない駅名と乗り換え先が丁寧に二度と繰り返された。
列車が再び停まり、開いたドアからホームに降りる。どこかで折り返さなくては仕方ない。幸い、向かい側が反対方向行きだった。島式ホームと呼ぶのだったか。
人波を見送って歩き出したところで、鶏皮の焦げる匂いがした。見下ろした広場に屋台が出ている。途端に盛大に腹が鳴った。
「心の深呼吸、ねえ」
リラックスできる呼吸法、なんて記事を見かけて早速昼休みに試していたら、先輩に言われた言葉だ。そっちのほうが、足りてないんじゃないの?
「よし」
鞄を肩に掛け直してホームを通り過ぎ、改札へと俺は歩き出した。
『心の深呼吸』