手を振って角を曲がったところで、反対から来た人とぶつかりそうになる。謝りかけたところで、なじみのある香りに私の「ごめんなさい」は吸い込まれた。
「え、あれ? みいちゃん……?」
「あー、良かったー」
行き違いにならなかったね、と美咲が髪を掻き上げて息を弾ませる。
「迎えに来てくれたの?」
「うん、まあ」
たまには?
「……もう、会えないかと思ってた」
売り言葉に買い言葉みたいな、拙い会話を思い出して私は恥ずかしくなったけど。茶色い短髪はあははと笑い飛ばして、
「かえろっか」
と躊躇なく私の手を掴んだ。
『たまには』
久し振りに君の夢を見たよ。
陽射しの溢れる眩しい部屋で
虹色の髪をして自然に傍に居た。
「色変えたの?」って髪を撫でたら
「うん、似合う?」と君は笑った。
言ってしまったこと。
結局言えなかったこと。
いろんな波がいまも渦巻く。
三年経ってもちっとも過去にはならないけど。
時々こうして会えたらいいな、
大好きな君に。
『大好きな君に』
座席に座ると、隣から煙草の匂いがした。君の投げた最後の言葉か胸の奥でまた響く。
大丈夫?
って言われて、一瞬なんのことか分からなかった。私を心配してるのかもとか、自分で自分を納得させてるのかもとかあれこれと考えてみた。
一度同じ言葉を言われ、私は考えるのを諦めた。こんな温度で訊かれては、「大丈夫だよ!」と返すしかない。
見返りを求めないはずの君に、私は明るく言質を与えた。
君らしい優しさは、街へ持ってかれてしまったんだね。
『優しさ』『街へ』
地を這う低音に白旗を上げ、座席を降りた。しばし立ち止まって音の出どころを探ってはみたものの、等間隔に並ぶ毛布の群れのどこからそれが響くのか特定はできなかった。もちろん、特定できたところで他人が起こすわけにもいかず対処法はない。
トイレを済ませ、ベンダーコーナーを兼ねる階段脇の窓を覗く。切れ間なく続くオレンジ色の街灯が次から次へと近づいては遠ざかっていく。後ろへと過ぎるだけで戻れない時間の中を、バスはひた走る。
気づけばいびきの音が止んでいる。東京まであと五時間。自席に戻ってヘッドホンの音量を下げると、夜の真ん中でまた毛布に潜り込んだ。
『ミッドナイト』
思いつくままに説明を終えて息を吐く。時系列も出来事も細部はかなりあやふやで、ああこんなにも覚えてなかったんだって初めて気づいた。
部屋のなかがやけにしんと感じられた。空調の低音がぶうんと唸って止まる。
「お話、ありがとうございました」
白衣の襟をいじって、目の前の男は眼鏡を押し上げる。
「思ったのは、この人、すごくキツそうだなって」
あなたもどこかで分かったから、今日ここに来てくださったんですよね?
その瞬間、私は崩壊した。
「終わりが見えなくて、きっと不安でしたよね。でも、不安がないことには、何をすれば安心なのかも分からないですから」
まだなにも解決してないのに。引くぐらい泣きながら、同時に不思議な安心で心が満たされていくのが私にははっきりわかった。
『安心と不安』