妄想昔話 第4話
久々に弟との再会に喜んだのも束の間。
村長である翁狐と仲間たちが
鋭い目付きをして2人を囲んで威嚇をしました。
霊狐が事の顛末を翁狐たちに説明すると
はじめは信じられないという様相をしていましたが
源蔵の話し方や雰囲気から
天狐を感じ取ったのでしょう。
目付きがみるみる和らいでいき
2匹?を村へと招き入れました。
人間の姿ではありますが、死んだと思っていた天狐が帰ってきたことを祝う宴会が開かれました。食料も備蓄はほとんどないはずなのに、宴会では豪勢な食事が振る舞われ、歌ったり踊ったりして楽しむのでした。
宴会が終わりに差し掛かったころ
霊狐が口を開きました。
『あんたはこれからどうするの?この村で皆と一緒に暮らすのかい?それともあの村にいて、村長という立場を使って、村人に復讐するのかい?』
『人間の姿でこの村にはいれないよ……』
『実は…僕は村人たちを助けたいと思ってるんだ。そのために、夜にこっそり抜け出して皆に会いに来た』
『はあ?何を言ってるの?あんたは殺されたんだよ?仲間たちも!どうして助けるという発想になるのさ!』霊狐は激昂する。周囲にいる狐たちも相槌をうつ。
『僕もはじめは怒りに震えていたよ。許せないという気持ちしかなかった。でも、源蔵の身体に入って日々を過ごしているうちに、気持ちが少しずつ変わっていったんだ。僕や仲間たちを殺したのは、不気味で不吉な存在に対する"恐怖"から村人を守りたいという"愛"の気持ちから来ているんだって。狐族も人間も変わらないって感じたんだ』
『狐族は人間に危害を加えていない!一方的に迫害しているのは人間の方さ!一緒にされるのは不愉快だね!』
『確かに狐族は危害を加えていない。どころか一切報復することなく耐えてきた。ただ今回は今までとは状況が全くちがう。何も行動せずに黙って、人間が飢饉で苦しむ様を見ているという行為が、後に大乱を招くことになる』
『どういう意味だい?』霊狐が尋ねる。
『いま村人が飢饉で大勢死んだとしたら、天災が起こった理由を狐族のせいにする可能性が高い。そうなったら生き残った村人が狐族を殺しに来るだろう。それはもう徹底的に。すべては"狐は不吉な存在"という村人の間違った認識から起こっているんだ。この因果律を断ち切らない限り、悪果は永遠に続くんだ』
『村人の狐族に対する認識を変えること。且つ、飢饉を起こさないこと。以上2つが、狐族が後世に安寧を築くためには不可欠だと思います』
『一度は死んだ身なのに人間の源蔵としてまだ生きている。人間と狐族の後世へと和を紡ぐために神が与えたとしか思えない。神が与えたこの命、大事に使いたいんだ!頼む。みんな協力してくれ!』
弟の眼には"覚悟"が宿っていました。
覚悟ある眼差しと弁舌にいつしか皆、惹き込まれていくのでした。
次のテーマに続く
"大事にしたい"
妄想昔話 第3話
夜になり辺りが真っ暗闇になったころ
月明かりが人間の村を照らしていました。
その風景をぼんやりと霊狐が眺めていると
狐族の村に1つの火がツウっと
人間の村から近づいてきます。
人間が襲ってくるかもしれないと
霊狐は警戒をしながら
目を凝らして火を追い続けていました。
すると、火はどんどんと近づいてきて
40歳半ばくらいの年齢の
人間の男が松明を持ってやってきたのです。
身の危険を感じた霊狐は
眼前に現れた男をとっさに噛みついて
追い返そうとしたとき男が
『姉さん!』と叫んだのです。
何を言っているのか分からず
霊狐が呆けていると
男は続けて叫びました。
『僕だよ、天狐だよ!人間の姿をしているけど
僕は天狐なんだよ!』
霊狐はわけが分からず
困惑した表情をしていると
男は静かに事のあらましを語ったのでした。
男の話によると
男の名前は源蔵といって
あの村の村長でした。
1年前、村にとって不吉をもたらす存在
ということで、村長自ら狐狩りを行ない
天狐と仲間たちを殺していったとの事。
そして、天狐が源蔵に殺された瞬間
摩訶不思議なことに
天狐の魂が源蔵の肉体に入っていき
小さな自我として現世に留まったのです。
そして、1年かけて天狐の魂が
源蔵の精気を吸いとって
ついには自我を乗っ取ったというのでした。
見た目は人間の男なのに、内面は天狐という
不可解な現象に、霊狐は困惑していましたが
話し方が弟とあまりにそっくりだったので
これが現実であると信じ始めるのでした。
次回テーマに続く
"夜景"
妄想昔話 2話
このころ西日本では
冬なのに異様に温かい日が続いて
空は隅々まで青く晴れわたり
道や田畑が乾き
時折強く吹く南風により
地面はほこりが立つ有様でした。
後に"長禄・寛正の飢饉"といわれる大天災です。
この村も例外ではありませんでした。
例年は春には一面の花畑が
綺麗に咲きほこって降りましたが
この年は全くありません。
夏にはひどい旱魃がおこり飢饉になる。
村人たちは恐怖に押しつぶされながら
雨をいまかいまかと待ち侘びていました。
この村人たちが苦しむ光景を
目にする者がいました。
狐族の霊狐という若い女狐です。
霊狐には弟の天狐がいましたが
1年程前に村人に殺されたこともあって
人間を憎んでいたのです。
『弟と仲間を殺した奴らなんか死んでしまえばいいのよ。稲荷の神、宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)様の神罰が下ったのよ』
と吐き捨てて、その場を去っていきました。
次回テーマに続く
"花畑"
妄想昔話 1話 (狐の嫁入り2)
時は1459年(長禄3年)
いまの宮崎県にある小さな村の話
この村では
嫁入りは夕刻に行われ
提灯を持った人たちが列を連なり
嫁ぎ先に向かったそうです。
小さな村なので誰が結婚するか
みんな知っていましたが
誰も結婚する予定のない日なのに
行列の灯が見えることがありました。
そしてこの灯が見えるときは
雲一つない空なのに
突然雨が降るという不可解な現象が
起こったのです。
この灯を村の人々は
狐が嫁入りの最中に灯す
狐火によるもので
天津神が不吉なことが起こるのを
雨を降らせることで
お知らせになるのだと考えました。
"空泣き"だとか"狐の嫁入り"と言って
恐怖の対象として語り継がれていたのです。
村の一部の人間は
不吉な存在である狐を恐れ
いじめたり殺す者もおりました。
人間と狐族の関係は冷え切っていたのです。
次のテーマにつづく
"空が泣く"
『白玉楼中の人となる』
"白玉楼"は白玉で造った天帝の高楼のことで
文人が死ぬと白玉楼へ行くといわれている
中国の唐の詩人、李賀は臨終を迎えたとき
夢の中で天帝の使者が現れた
すると天帝の使者はこのように告げた
『天帝が白玉楼を完成させたので
あなたを招いて詩を書かせることになった』
李賀はゆっくりと頷くと
大勢の門弟が泣き崩れる中
天に召された
命が燃え尽きるまで
作詩に精進すれば
我々もいつか
白玉楼に招かれるかもしれない
"命が燃え尽きるまで"