"揺れるキャンドル"
ある森の奥のこと。
私は利き手にカンテラを持って、石造の建物を訪ねていた。
辺りは静まり返り、手元から照らされる光だけが頼りの夜だった。
人の気配がなく呼びかける勇気が出ない私は、重厚な扉に手をかけて押し込む
中に入ると一層暗く、腕を伸ばして照らしてみると赤い絨毯が敷かれていることがわかる。
相変わらず人の気配が感じられず、埃の一つも落ちていない。
威厳を持った佇まいの家具たちが一斉に私を威嚇する。
私は怯みながらも扉を閉め、足を進める。
石造の建物は響きやすく、足音と呼吸音、カラカラと揺れるカンテラの音がこだましていた。
私が目指しているのはただ一つ。
ひっそりと隠れるように位置付けられた階段を見つけ出し、深く呼吸をした後に足を一つ降ろす。
心地の良い音がコツコツと嫌なほど響いて、足元から押し返されるような振動が伝わってくる。
漸く辿り着いた地下では長い廊下になっており、緻密な燭台が整然と並べられている。
白く濁った大きなキャンドル達は、私に気づくなり一斉に火を灯して、歓迎してくれているようだった。
ゆらゆらと話しかけるキャンドル達に私は怯えていた。
私はただ冷静に、慎重になりながら地下の奥を目指した。
"光の回廊"
とある山の奥、ただ私は生きていた。
木々や動物に囲まれて、まるで牢獄の様だとも感じている。
青々と生い茂った自然の中から生物たちの鳴き声がする
時に嬉しそうな、時に悲しそうな声をあげるもので私の居場所はないように感じてしまう。
山の天候などあってないようなもの。
先程まで呆れるような晴天だったのにバケツをひっくり返したような雨が降ることなどもある。
ザアザアと木々を濡らし、泣いている。
お前も独りなのかと問うてみても、ただただ泣くばかり
空を眺めるのも飽きるので奥に下がって本を読むことにした。
本棚から何も考えずに一つ抜き去り、ぱらっと捲って読み始める。
暫くすると雨の音も止むので適当に放って表に出ることにする。
回廊に出て、屋根の下から覗き込んでみるとすっかり泣き止んで虹なんか出している。
チチチッと小鳥が一つ鳴いて、飛び立つところを目にする
やる事も無いので、いざなわれてみることにした。
なんとなく出られないような気がしていたのに、案外容易く抜け出せたもので瞠目させられる。
私は、どうしてなかなか生きているらしい。
気まぐれに飛んでいるのかもしれない、けれども確実に私を導く小鳥の尾を追って駆け出した。
"降り積もる想い"
ある晩、降り頻る雪を窓の外から眺めていた。
便箋の前に座って手にペンを持ち、先程まで頭の中で言葉が埋め尽くされていた
顔を上げると雪が風に踊らされて降り積もっており、練り上げていた言葉を全て頭が放り投げてしまった
ぼーっと雪を眺めていると
そんなに早く降らないで、待って欲しい。
もどかしい、もっと速く降って欲しい。
という対極の気持ちが育っていって、頭の中がぐるぐると蠢く。
狂ってしまいそうだったので目を逸らす。
さて、なんだったか。
頬杖を突いて今一度言葉を紡ごうとする。
けれど自らの心で降り積もった気持ちを、言葉にするというのは難しいもので、ペン先が紙に近づいたり、離れたり。
迷って、その場で足踏みをして
自らの情けなさに段々と恥ずかしくなってきて、遂にぎゅっと目を瞑る。
雪が降る音だけに耳を澄ませた後、ゆっくりと目を開いて紙の上でペンを踊らせた。
『拝啓 私の友人であるあなた
突然の言葉をお許しください。
あなたは人一倍頑張り屋さんで、思い悩む事も多いと思いますがそれこそあなたの良いところ。
私はいつでもここにいます。
あなたが辛くなってしまえばいつでも私のところへ。
何も言えなくていい、ただそこにいて欲しいのならば喜んで。
辛くなるというのは悪いことでもありません。
「みんなちがって、みんないい。」という言葉を残した方は、自ら命を絶たれています。
後世に残せる言葉を紡いだ方でさえ、出来なかったのですから、我々一般人に出来ようもありません。
人はどこかしらおかしいのです。全ての人が「あの人は素晴らしい」と褒め称えるのならば、全ての人が嘘をついているか、姿を偽っているかでしょう。
完璧でいられるはずもありません、それほど難しいことなのです。
突然いなくなったあなたに私は驚愕いたしました。本当に
あなたにまた会える日を、私は待ち侘びております。
どうかご自愛くださいますよう、お願い申し上げます。
敬具 あなたの友人』
"時を結ぶリボン"
姉が車に撥ねられた。
学校の帰り道、突然に制御が効かなくなった車が突っ込んで来た。
目の前での出来事だった。
私を突き飛ばして、姉の周りで弾ける赤を見た。
焦りながら降りてきた運転手を罵ることさえ出来ず、ただ地に伏せて茫然としているだけだった。
体制を崩して地に叩きつけられても
初めて姉に突き飛ばされた衝撃を前にして、思考を放棄するほかなかったからだ
姉がいつも髪につけていた赤いリボン
毎朝、丁寧に結って着飾っている姉を見ていた。
あんな切迫した状況で、私を守る勇気だとか判断ができる姉がこんなペラペラな存在になってしまったのだ。
姉は即死で、若くして亡くなったために周りはバタバタとしていた。
母も父も、もちろん私も突然のことすぎて
涙が出なかった。案外薄情な家族だったらしい。
そんな出来事から数年後。
あれから毎日赤いリボンを髪につけている私は、姉と同い年になって、初めて自覚した。
姉はもう居ないということを
点と点が線になり初めて、私の目から涙が溢れて止まらなかった。
屈託なく笑う姉が好きだった。
些細なことで泣いてしまう姉が可愛かった。
私のことで怒ってくれる姉を愛していた。
姉がいなくなった新鮮な悲しみを思い出すことのできる。赤いリボン、何て都合のいい存在か
溢れ出る感情に身を任せて、私はずっと姉の近くにいた赤いリボンを胸に掻き抱いた。
"手のひらの贈り物"
海の中、私はずっと漂っている。
どこに行くにも潮に任せて、深く深く沈んでいく
行くところなんて特になくて、時に暖かい潮が心地よかった。
四肢の動かし方など疾うに忘れている
きっともう陸に上がることなど叶わないが、後悔などなかった。
今日は浅瀬に流されて、久しぶりの光を感じていた。
水面が照らされてキラキラと輝いている。
それを無心で見つめていると、一等輝くものが目に入った。
必死に手を動かして、もがいてみると案外呆気なくそれは手に入った。
碧い貝殻、裏面が宝石のように輝いて日に当ててみると眩しいほどに光始めた。
こんな私に捕まるなんて、同情したが所詮無機物。
誰の手に渡っていようが関係ない。
輝くそれが手元にある言い訳に満足して、胸に抱いた。