"耳を澄ますと"
サプ…サプ…
ようやく抵抗を感じるようになる膝までしょっぱい水が浸かったところで、私は幸福の絶頂にいた
人生、ずっと上手くいっていることなどなかった。
全てが上手くいかない。なんてことは無かったけれど
私が私の人生を歩むには
あまりに難し過ぎた
けれど、希死念慮があるわけではない。
視界から青以外が消える。心臓と肺が素早く動き始めた。
心からの期待で、目が熱くなる
腹まで浸かったどこまでも続く青があまりに美しくて、どうにかなりそうだった
胸まで水が浸かるようになると、私は引き返した
元々こういう予定だった。
死ぬ勇気など、どこを探しても見当たらなかったから
苦しく死ぬなんて、真っ平ごめんだから
サプ…サプ…
怖かったのかもしれない。
たった一つの死にたくない理由を掲げて、縋り付いて
数多の死にたい理由を遠ざけて、見ないふりをした
爪先だけが未だに広い青の一部に浸かっている
いつからか、私がどうしたいかを知るのを嫌がった
生きたいのか死にたいのかさえも
私自身の言葉に、耳を傾けることはきっともうない。
"優しさだけで、きっと"
青い青い空の向こう
薄く雲が広がる空を見つめて、思いを馳せた
燦々と降り願る陽の光を浴びている
暑さと滲む汗の不快さに身を捩って、影の下を歩く
ひらけたところに出てみれば、温度を孕んだ風が通り過ぎる
それでもその風はわずかに体の熱を奪い去る
優しく吹く温かな風を享受して、夏の匂いを感じた
"刹那"
朝起きる
アラームを止める
ベッドから出る
顔を洗って歯を磨く
服を脱いで制服を着る
パンを食べる
牛乳で流し込む
身だしなみを整えて、鞄を持ったら靴を履く
電車に揺られながら、スマホのパスコードを入力して
君からのLINEを返す
それが、私の日課だった。
どうでも良いことすら報告して、おちゃらけて
私を笑わせてくれる君からの通知が好きだった。
君からの通知が来るたびにそわそわして、嬉しくなった。
今度はいつ遊びに行こうか?なんて会話をして
君との日々を楽しんだ
君が儚くなってからは、どうしようもなく日々が通り過ぎていく。置いてかれている。
パスコードを入力して、電源を落として、また意味もなくスマホを開く。
どうでも良いことがどれだけ私に取っては素晴らしいことだったか
いつも私を置いていってしまう君には
ずっと笑っていてほしい。
"流れ星に願いを"
美しくゆらめく星々を眺めて空虚に包まれた
世界でたった1人になったような
そんな気分
温かい毛布を肩にかけて
冷たいベランダを足の裏で感じる
初めて見る流れる星は眩暈がするほど美しく
愛おしく写った
肺の中で温められた空気を吐き出して
白くなった吐息を手で押し出す
「しにたい」
口をついて飛び出た哀れな我儘。
白い息と共に暗い闇夜の中に沈んでいった
"たとえ間違いだったとしても"
きっと私はそう言われたかった
あの日、雨が降っていたあの日のこと
君が傘を差し出してくれて、ならばと私が持って君と一緒に雨を凌いだ
今思えば、ぎこちない君の横顔はその後のことを知らせる合図そのものだった
少し会話に間が空いて、傘に雨粒が当たる音だけが響く。
止みそうにないと少し困って話しかけても、返事はない
神妙な面持ちに変わる君の横顔を見た
心の底から嫌な予感がしたのを覚えている
心が警鐘を鳴らした。
震えた喉から空気が漏れ出した。
どうかその予感が当たらないで欲しいと思った
けれど、まるで咄嗟の勘のような予感は当たるもので
君は私にそう言った。
寒気がした。嫌悪した。
悲しくなった。苦しくなった。
今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られた。
君がいない方の、濡れていた私の肩がやけに冷たく感じる
その後の冷静ではない私の言葉は、きっと君を傷つけた
でももうきっと会えないね
さようなら、さようなら
祈ってる
どうか私の知らないところで幸せになって
私は、ずっとあなたの“友達”だよ。