"遠くの街へ"
友人がいないわけじゃない
勉強だって苦手な方ではない
先生も、親もみんな優しい
趣味だってあるしバイトで少ないながらもお金も稼いでいる
でも何故だか、途方もない寂寥感に襲われることがある
学校の帰り道。
駅に向かう足は酷く単調で、自分の足ではない様な気がする
駅が近づいてきたらICカードを取り出して、改札にかざしたらまた仕舞う
電車に乗り込んで、家の最寄駅で降りる。のが、常だった。
突然ひどい喪失感が私を襲って、足が動かなくなってしまった。最寄駅に電車が止まる直前までは、いつもの様に足を動かして家に帰るイメージがついていたのに
電車は私を待つわけもなく、大袈裟に音を立てて閉まる
その音を聞いた時、スッと心の中の蟠りが軽くなったのを感じた。
結局私は習慣を壊し、いつもの駅で降りることはなかった
仕方がないので、私の我儘な心が赴くままに
電車に揺られることにした。
"現実逃避"
星も月も寝静まった美しい夜だった
部屋に入る灯りは何も無い
黒に包まれた部屋では全く目が慣れず、エアコンの小さなライトを見つめていた
外から聞こえる虫の声と車の走り去る音だけに耳を傾けてていると、勝手に頭が動き出してしまう
昔の言動や今日の失敗が頭の中を占拠して、顔が歪む
体だけを覆っていた布団をバッと頭まで上げて潜り込む
自らの息遣いと刻む心音を聞いて、自己嫌悪だけが残る
そろっと顔を出し、ベッド横の小さな電気をつける
私は擦り切れたカバーのついた本を手に取った
本の世界に逃げ出した私は瞬く間に引き込まれ、心の奥底に引き摺り下ろされた悩みなどちっぽけなものだと思い込む
ページを繰ってどれほどか経った時、不意に瞼が重くなる
そのまま寝てしまうのを危惧して、ブックマーカーをつけて本を閉じる
そのまま小さな電気は消さずに、柔らかな部屋の中で眠りに落ちた。
"君は今"
深く深い山の奥
澄み切った空気を通して空を見る
君は今どこにいる
わたしのちっぽけな問いに答える様に風が吹いて
周りの木々を揺らす
生まれる感情はわたしの心に積み上がり続け
ぽっかりと空いたそこを埋める
ここで君を想うのはこれで3度目
1度目までは、君は確かにここにいた
何もできず、ただ守られていただけ
悲しくなって、恥ずかしくなって、その場で蹲った
昨日降った雨のせいだろう
雑草は真珠の様な水滴を乗せ、土はそれを含んでいる
泥に塗れたわたしはいつになく相応しい
なかなかどうして、わたしは生きているらしい
君の代わりに。
"物憂げな空"
晩冬の朝、窓に打ちつける雨音で目が覚めた
高い湿度を感じてやや憂鬱になる
体を起こして首を動かすと、時計は5:30を示している事を知る
早朝だというのに、空は泣くことで忙しい
ベッド横のカーテンを開け、流れる雨粒を見た
お前は何が悲しいのか、と問いかけてもただただ泣くばかり
私は身支度をして、外に出た
ザアザアと草木を濡らし、私が差している傘を通り抜けて脚に冷たい雨が伝っている
とっくに靴はびしょ濡れで、歩くたびに靴の中の水が揉まれるのを感じた
こんな雨の日は、私は決まって歌を歌う
傘の中でひとりきり、雨音で私の声などかき消される
空も私も、たったひとりでないている。
"小さな命"
ある日、よくわからない生命体を拾った。
近くの公園の柵の上できょろきょろしているところを発見した
手のひらほどの大きさで、ふわふわしていて可愛かったのでうちに連れ帰った
突然連れ去られたこともあり困惑している様子でいた
何か食べさせておこうと思って、チョコが混ぜ込まれたパンをちぎって目の前に差し出す
警戒心など何処かに忘れてしまったようで、差し出したらすぐに食べた
そんなことをしていれば私に大層懐いてくれたようで、どんな時も暇があれば私の手に擦り寄って嬉しそうにしていた。
体温が高く、手を添えているだけで暖かかった
一体こいつはなんなのか
気になりはしたが、調べることはなかった
牛乳や果物なんかを私の手ずから食べさせた
どんなものでも物怖じせず嬉しそうに食べる姿が可愛いと思った
ある朝、そいつは動かなくなっていた。
拾ってから一週間後のこと。
持ち上げてみると昨夜より少し軽く、無機物の様な印象があった
冷たい体から、もう生きていないということを小さく告げられる
ゴムのように少し硬くなったそれを、気味が悪いと思ったことは、きっとおかしいのだと思う
私はそのまま家を出て庭先に手で穴を掘った
そっと穴の底に横たわらせ、両手で包み込む様に柔らかい土を被せた
手頃な石を見つけて、突き刺しておく
家の中に戻った時、確かにいつも通りになった部屋になったことを実感した。