"心の片隅で"
私の中で、あの日に押し殺したはずの感情に名前がついてしまった。
最初は小さな出来事で、積もり積もって育っていって
もう無視などできなかった。
この感情をどうするかなど私の自由ではあるが
【許されない・叶わない】ことであることはわかっている。
この感情を育てた【アイツ・あの人】に返したい。
そう願ってしまった。
願った私は【包丁・手紙】を持って家を出た。
心の小さなところで育った感情は狂った殺意か、狂おしいほどの愛情か
"雪の静寂"
ある冬の夜。寒すぎて眠れなかったのでただ起きていた。
こんなに寒いなんて、と毛布にくるまって震えているとベランダに面した窓の外でゆらゆらと揺れて落ちる白いものを見た。
毛布をしっかりと掴んだら窓を開けてみて、その軌道を目で追った。
ベランダに落ちたそれはじゅわっと消えてなくなる。
それに倣ってどんどん降ってくる。手を出してみると、同じように手で消えてなくなり、小さな水滴になった。
儚い姿とは裏腹に、冷たく手の温度を奪う。
びっくりしてぱたぱたと手を払って温める。
白い息と共に数年振りに降るそれを見て、感嘆する。
明日の朝は積もるかな
と期待を込めて、冷える体を慮って眠る支度をした。
相変わらず寒くって、加えて静寂に包まれた夜だったけれど、まるで子供のように心が弾ませて眠りについた。
"君が見た夢"
私は、ずっと眠って脱力した君の手に優しく触れていた。
なんとなく握ってしまったら壊れてしまいそうだったから
今にも起き出して、思い出話を始めそうな横顔は、眠り続けているという事実が感じられないほど生気に満ちていた。
そんなに眠って飽きないの、
それとも楽しいのかな
返ってこない質問を問いかける。
さては夢でも見ているのね、楽しい夢かもしれない
楽しくて、幸せで、現実に愛想を尽かしてしまったのかも
もし夢を見ているなら、私はその夢の座長にでもなれたらいい
私は君が喜ぶものをよく知っている。
どうしたら笑ってどうしたら泣いてどうしたら怒って。
その表情を変えるのは私でありたい。
起きないで良い、君が幸せならば
君は笑顔が一等似合うもの。
何度問いかけても動きもしない手に優しく願った。
"明日への光"
ある日の夜明け前、私は歩いていた。崩壊したビルに蔦が伸び、自然が人工に打ち勝って見晴らしの良くなった東京を。
道路もひび割れていて、今にも崩れ落ちそうだった。
けれど、そんな見た目からは感じられないほど頑丈で、飛んで体重をかけてみてもびくともしない。
なぜこんな姿になったのか、どんな衝撃でこんなことになったのか、とんと検討がつかない。
ふと私の足元から陽の光が差し始める。
こんな荒んだ街になっても日は昇るもので、眩いほどの光が先程まで暗く澱んでいた空気を白く輝かせる。
周りにある植物たちはありがたくその光を享受して、風に吹かれてそよいでいる。
その光のおかげか、少し先に紫色の小さなものが道路の間から顔を出しているのが見えた。
アイリス____強かに咲いてそこにある姿はまさに勇敢だった。
私はそれを捻り切って手に収める。
変わらず風にたなびく姿は私のことなど、どうでもいいとでも言いたげだ。
私だって、
私はアイリスを元の場所に突き刺した。
"星になる"
ある冬の夜。冷えた体を冬用の毛布と布団の間にねじ込み、温まっていく布団を感じながら眠りについた。
ふと目を開けると時計の短針は2を指し示している。
先程までぐっすりと寝ていたのに妙に意識がはっきりとしている。
これは30分目を瞑ったとて寝付けないと直感して、毛布を体の上からどかして一階へ降りる。
牛乳をコップに注いで電子レンジへ
特に何をするでもなく、キッチンに寄りかかって、くるくると回るコップを見つめていた。
ふと、月明かりに手元が照らされているのに気づく。
こんな時間なのに、こんなに明るいなんて
ふらふらと窓に近づいて眺めてみると、真っ黒な夜空にポツンとひとつ、満月が漂っていた。
周りにはあるはずの星が見えなかった。
それは、明るすぎる満月に消されているから
星は心地よいのかな、それとも自らの存在を消す明るすぎる存在に嫉妬で狂うかしら
あり得る二択の正反対さに思わず笑みをこぼして、星に願いを込める。
すると後ろからホットミルクが出来上がった音が聞こえてくる。
私は嫉妬、侮蔑、尊敬が入り混じった一瞥を月に捧げて、窓の側から身を離した。