22時17分

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3/28/2025, 9:41:34 AM

春爛漫。

花が咲き乱れる様子の言葉だが、季節柄圧倒的に桜に対して使われるようだ。
「爛」は、爛れると書けるように、湿疹のように赤く、細かい所を表現しているらしい。逆に痛々しいとも読み取れる。

春は、花が咲き乱れて白紙に色を付けるような芸術的タッチ。それが桜並木として敢然と続くのである。風に煽られ、靡き、そしてたなびく。余波の一部が空を舞い、ひらりと剥がれていく桜のトンネル。

3/26/2025, 11:35:53 AM

七色。

虹の架け橋で使われる定番の色を、まず想像したが、別に何色でもいいんだこれは。
誰かが言った「白って300色あるねん」みたいに、1色を7倍に増やしても良し。

まあでも。
基本的にはグラデーションになると思うんよ。グラデーションに区切り位置はないけど、色が変わったな、という所に境目が生じる。境界線はくすんだ色をしていることが多い。
でも、七色というと、グラデーションでなく境界線があるわけなので、明るげな色を選ぶ理由があると思うのだ。だってアレは、混ざって作り出される色――悲嘆、格差、貧困の色。
くすんだ色は、現在世界の何%を占めているのだろう。くすんだ色を選ぶ理由はない、と思っていた。皮肉にも、地球儀でいう大陸の色はくすんだ色を採用されている。
最も多く使われた色は、「地球は青かった」
温暖化による異常気象で白は青のなかに溶けていても、変わらず言うだろう。地球は青かった。宇宙にいるのだから。宇宙は、黒だから。七色の外側――それが宇宙なのだ。でも、赤だけは特別。太陽、アンタレス、超新星爆発……神さま。

3/26/2025, 9:47:30 AM

記憶。

一ヶ月くらい前に「記録」という題がでてきたと思う。
記憶と記録。同じ意味合いのようでいて、若干の誤差がある。記憶は人間にだけできて、記録は人間以外でも使えるようにしたものだ。記憶は見えない。記録は記憶を見える化したものも含まれる。
見える化とは、形だ。本来見えないものを見えるようにする。大幅な簡略化。文字、数字、記号。それ故時間。過去現在未来。だいたいこれらは記憶を見える化した形。概念的の形も含まれる。
記憶は、ある種存在不明の無形遺産である。

記憶は見えない故に「憶えている」ことに主眼を置いていて、感情的なものほど頭に残りやすい。トラウマ、恐怖的出来事、象徴的脱皮。あるいは自身の欠点。
自分の欠点ほどよく見えるものはない。長所短所は記憶の積み重ねでできている。過去の積み重ねにより、現在の視点では「自分のこの部分が短所だと思います」と自認することができる。自認できなければ相手に伝えることはできない。だから性自認が問題になっている。

いつまでも自己が見えず、日々の記録のまま、置いてきぼり。人生という名の列車に乗り遅れた。それなら諦めて別の手段を探せばよいが、乗車したら心苦しい。切符を買った記憶が無い。いつどこで誰が……無賃乗車。
いつ降りればよいのか。今か。天候・現在地、あるいは時間、それらを見る余裕すらない。
そうして罪悪感にさいなまれ、窓を開ける。身を乗り出す。乗り出そうとする。助けられる。でも。
人身事故のために懺悔して、自らを刹那的な向こう見ず。ちょっと希望的な路傍の花に憧れて、それで。

記録の積み重ねでは考察はできても、それをフィードバックして改善することは難しい。しかし、記録はある程度ズルができて、例えば四捨五入。数や形を簡略化し、丸くする。

記憶の改ざん、というのが人間の得意とする特徴の一つだ。過ぎゆく現実を過去の形に置き換えるために、視覚的・聴覚的・感情的などの情報に分解する。あとで記憶として思い出せるようにする。
要素を記憶域へ格納し、短期記憶から長期記憶へと移行する際に、頭は思い出す光景を予め定めて、思い通りにする。因果を逆転させる。過去があって未来があるのではなく、未来を見据えて過去を改ざんする。それが記憶。
よく記憶が色褪せていくという表現があるが、元々記憶は褪せていると思う。自分自身が色を付けたのだ。
子供の頃に見た44色の色鉛筆。それを使って、鉛筆画を描いているにすぎない。色のついた芯が削られ紙につく。俎上される。見様見真似です。何を描いてもA評価。子供だから、落書きなほど褒められる。

それで時は未来。
「あなたは過去に何色を使いましたか?」とへたくその絵を見ながら問い質される。それが、人間が作り上げた文化、人間らしい文化なのであります。
そもそも記憶は見にくい醜い。多面的に乱反射。色を付けたら、そのようにしか見えなくなる呪い。

3/25/2025, 9:59:07 AM

もう二度と、気安く反応しないこと。
売り言葉に買い言葉。
ここではないどこかのサイト。
どうやら学タブの運用年数に応じて、利用者の年齢が小中学生よりになってきている。応援コメントでも何でもない、アンチコメントが届くようになった。
せっかくかいてくれたのだから、一応目を通すのだが、なになに……今年で義務教育を卒業したのだから言っている?――こちらが小学生だと思っているらしい。アタマが終わっているようだ。
上から目線になってしまうのだが、文構造がオカシイ。卒論なら教授に痛めつけられるレベルだ。赤ペンで、ここの助詞がオカシイ。参考文献はどれだ。著作権に違反しないような書き方にしろ。考察の結論がどうだ、など。
どうあがいても中卒。僕にかなうものか。

まったく、たしかにこちらは美大出身。短大みたいなものだ。絵描きのタイムラプス動画を編集したショートを上げている。かっこよく言えばフリーランスだ。
そこまで人気でもないのに、僕にアンチコメントを書いてくれるなんて、なんてアタマの悪いバカなんだろう。きっと人生の選択をミスった低学歴。不登校児、なのかな……という煽りを飲み込む。それで、丁重に頭を下げて、無視した。かえって返すと相手が調子に乗るし、ヒートアップする。同じ土俵には立たない。見なかったふりをする。
現時点で中卒、これからは努力次第だけど、こんなに長い文章を書けて偉いね。そう思いながらコメントブロック。すると見なかったふりができる。

以前は頭に血が上って、感情の揺さぶられる思いのまま返したことがある。頭のなかがかゆくなる感じだ。脳みそは皺くちゃなのに、さらにシワが増えそう。これも一種の雑念なのかもしれない。筆が乗らず、いくつもボツにした。それがのちのち教訓になった。
SNSにて、やれ論破だ、やれ論理破綻だ。などといって茶々を出してくる暇人は多い。見ている分には楽しいが、当事者だと金にならないし、はっきり言って時間の無駄。
相手は僕が返事を書くのだと思ってくれている。だから脳みその軽い子供なのだ。想像力がない。
その間に僕は、パフェでも喰っている時のように、何食わぬ顔をして絵を書くのだ。今日は白鳥のような美しい絵を描くよ。あわわ、コーヒー零しちゃった、どうしよう。白を基調とした鳥は描けないから……結末を予想して――と、想像性も創造性もない一般的なへたくそたちを煽る。空よりも高視点から見下ろした画角の、鷹揚とした鷹を描くさま。
編集したものをネットに上げると、みるみる視聴数がうなぎ上りになった。鰻じゃないよ、鷹だよみんな!
コメント欄が盛り上がって、少なくとも僕は嬉しい。

3/24/2025, 9:53:46 AM

雲り。

雲が広がって曇り空に。
雲と曇。
同じ意味合いの漢字なのに、後者のほうがなんだか黒っぽい。
どうしてなのかな、と空を見上げたらそりゃそうか。太陽を乗せた雲のほうが、分厚くならなきゃ曇じゃない。

画数が多いだけ。宇宙の先に太陽がある。
そんなことを言っているから感性がつかないのだ。
ほら、あの曇り空を、亀の甲羅のように想像したまえ。
分厚く、濃緑色の曇り空のほうが、湿度が高くてカビが生えやすそうじゃないか。甲羅の溝のように、規則性が見えるようで見えない光の亀裂で、しきりに雲の中で仕切りを作り出そうとしている。その前兆が、あれらの色味なのだ。

きっと天上で誰かが亀を飼っているのだろう。この地帯を覆い尽くす程にでかい亀さんだ。
怖がらないで。家の中へ入ってごらん。
一日くらい、かめ様に明け渡しなさいな。甲羅干しをしたら、神社の池の中に返ってくれる。その時には薄い雲りになって、太陽が出てくるようになるだろう。

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