風が運ぶもの
(あとで)
Question。
僕の書く文章は「読みやすくてむずかしい」らしい。
断っておくが、このアプリのことではない。
ここで書いたものをとあるサイトに転載しているのだが、ここの利用者層とは年齢層が違うからこうなっている。図書館と学校くらい違う。
図書館のように、大人がおとなしく文章を読んでくれる聞き分けの良い子どもではないのだ。紙の本をそのまま、ではなく、わざわざデジタルにして、電子の海に溶け込ませて、電波にして。イヤホンジャックで耳をジャックして、私的ジャックしなければやっていられない。そんな飛行機のように平べったい学タブで、親とネットの監視をくぐり抜けて、ネットワークをハイジャック。あとで怒られろ切り裂きジャック。
おっと、飛行機のように脱線してしまったな。
大したことではない。時速500キロ以上で空の旅をお送りする程度。10秒で1キロ位離れてしまうフルスロットのスピードでもさしたる問題でもない。こんな感じだろうか、読みやすくてむずかしいとは。何言ってるのかわからない。そういうことらしい。
読み手が小中学生では、9段階くらい異なるだろう。
単純に学年で分けた。ピカピカの1年生からズタボロの6年生。それから義務教育最終学年まで。6年生はズタボロではない? 君たち、中学受験をご存じで。
天は二物を与えない。学タブを授ける代わりに苦難の道を与えなすった。そういうことで納得しよう。
読み手の区分はそれ以降も続いているのだが、学タブにおける義務教育テストの範囲外になるので勘案しないことにする。特殊相対性理論のみを考える、という意味だ。分かるな?
さて、ここまで多いとギアと呼んでもいいのではないか。走れメロスの読解問題はどうやって潜り抜けたのか。疑問だ。邪智暴虐たる王の、なんかよく分からん癇癪を、ストレスMAXで我慢したのだろうか。
古文とか、あるだろう中学で。アレより、簡単な文章を書いているつもりなのだが……、僕はとても疑問だ。
太宰治、夏目漱石、瀧廉太郎。
この人たちのこってりラーメンみたいな文章に比べたら、僕の文章とかあっさりめん太郎だ。
さて、先ほどの三人には仲間外れがいるらしいな。どうでも良い問題か。現代では仲間外れなど、そう珍しいものでもない。
そのようにして、読み手が読み手のように、いくらでも解釈すればいいじゃないの。
と突き放してみる。すると、読み手は9段階に分かれるだろう。そんなわけで、さて。僕は飛行機に乗って外国に高飛びでもしようじゃあ、ないか。
眼下にネットの海が見える。きっとそれは沖ノ鳥島。
絶海の孤島で繰り広げられる9段階の糾弾会の、始まり始まり。主催者の気分で味あわせてやるのさこうやって。
約束の薬草を焼くそうだ。
村長が言うには、これで約束を破ったことになるそうだ。
「すまんな、英雄よ。村を、守るためには、こうするしか……」
そうして薬草に火を灯そうとした。しかし、それは燃えることを知らない。
村長はガクリと膝から崩れた。
「約束を破ることができないのなら……」
自害しようと首を掻っ切った。草だけ残され、雑草と混じった。
そのような理由により、約束の薬草は赤い色をしていた。明治時代の廃仏毀釈政策で廃寺となり、約束の詳細は敷地内を泥棒に荒らされ散逸してしまった。
末裔であるが、約束の者が訪れた。
この時代、出迎えてくれるものはいない。それでも良い。好都合だ。この到来を待っていたのかもしれない。
どこか日本風で、スラリと髪の長い彼女だった。
しゃがんで、植木鉢に約束の薬草を移し替えて、それから持ち帰った。
彼女は薬屋であった。薬屋に化けた化け狐。依然村長に助けられた女狐の子孫であった。
ひらり、ほらりと白いもの。
シャーベット? ダイヤモンドダスト?
それとも天使の涙?
どのように例えよう、粉のように小さき雪を。
天寧の空に手を伸ばす王女。
この上ない喜びの表情で、久しぶりに見る天然を掴もうとする。軽い、軽い、掴もうとしても、彼らはひらりと身を躱す。
掴もうとするから取れないんだ。
王女は自分の手を制止して静止させた。
ひらり、ほらりと白いもの。
風に飛ばされた婉曲的恋愛の軌跡。
妖精のように、自由の翼で彼女の手のひらへ。
着地した。それをそっと、口の近くに持ってきて、ふぅっと吐息を投げかけた。
小さな小さな氷の粒は、溶けることなくそのままでいた。
どうやら雪ではない。たぶん、花粉。
彼女は花粉症。この城も花粉症。この先も世界は、宇宙は、ずっと花粉症。
――この花粉はどこから来たのかしら?
たぶん、いや、おそらく。
彼女の心の中は本音を炒めた。
この城の主である王子は、ずっと前からいない。
王女は魔族の王女であった。心の中のように、ずっと前から平和を標榜として、孤閨をかこっていた。
だからずっと花粉症なのだ。
鼻水が目から出てしまって仕方がない。
「誰かしら?」
ピアノのメロディに釣られて、古風な問いかけをした。
見た目はグランドピアノっぽい。でも、本場と比べたら音が軽いので、電子ピアノの亜種ではないか、と思う。
いつもならなんてことのない、通勤駅――Y駅。
しかし、いつからか、あれは数年前だったな……。駅構内にピアノが置かれた。
駅ピアノ、ストリートピアノ、誰でもピアノ。
呼び方は定まっていないが、自由に呼んでも良い、ということでもないようだ。
最初の頃は設置期間は無制限だったのだろう。でも、いつの日か撤去された。こういう時、SNSとYouTubeは相性が悪い。一つだけでも厄介なのに、相乗効果だともっと酷い。独占されると耳をふさぎたくなる。
ピアノが弾けるという承認欲求丸出しのチャラいYouTuberが、何時間でも弾いていてウザかった。誰でもピアノは独占されていた。無料で聴けるから、演奏者は何でもやって良いのだ。そんなナチュラルに見下されたのが嫌だと思った。
そういうのは、売れないストリートギタリストくらいのランクの低さが良いのだよ。いいかい。こういうのはね。小銭専用の投げ銭入れを地面において、チャリンチャリンと。
そういう奴なら僕は許せる。だからピアノが撤去されたのだよ。
今回ばかりもそれと同じ。
通り過ぎようとする人物による軽蔑の一瞥。それが僕だ。今は帰宅するのに手一杯。
しかし、一瞥の目は、予想を裏切られたみたいだ。
少なくともイカしたビアノ系YouTuberではない、ようだった。YouTuberなら、近くに撮影用カメラやスマホを設置するだろう。物言わぬ指揮者役の三脚にスマホ。ピアノ演奏を動画にしなきゃ、ネットの海を回遊できない。そういう肉食魚だ。
だが、どうやら「彼」は身一つだった。ふらりとやってきて、弾いている。日常生活は昼間に溶けていて、夜は寝る。イスの横にはビジネス用のカバンが置かれてあって、暗い黄土色の冬用コートを羽織っていながらの、ぎこちない演奏。
僕に音楽の知識はない。どこかで聴いたことのある曲を弾いている。たしか都内のストリートで聞いた。立ち止まりたくなる。
時折0.5秒ほど、つっかえてしまう部分があるが、それが本来のストリートピアノなのだ。
ホームにいかず、尿意を催したと理由を拵え、トイレへ行った。戻って来ると、ちょうど終わりかけのメロディだった。ホームに続く、階段を下りる途中で演奏者の手を止めた。僕は、背中で聞いたが、パチパチパチ……と、数人程度の拍手が湧いた。
どうやら投げ銭入れがないから階段まで感謝の音が零れたらしい。