「最後に、君にだけ聴いて欲しくて。」
そういったある人は楽譜を持って寂しげに立っていた。
あ、そうか、そうだ。
「そうだった、君、転校するんだって、ね。」
クラスによく響いてた君の笑い声がこれから聞けないのは嬉しいようで、懐かしい物となるかもしれない。
いつも本を読むと邪魔をしてくる君が居なくなる清々しさと、そのうち止められない現実に物足りなさを感じるようになる僕が容易に想像できた。
「私、いつも君が本読むの邪魔したよね。」
やっぱりタイミングを見計らってやって来てたんだな。
「あぁ、分かってるよ。」僕への嫌がらせだろう。
彼女の顔がみるみる赤くなっていった。
「な、え、!!!!なんで!?!? 誰にも言うなってあれほど!?!?」
「なんで顔が赤くなるんだよ。 赤くしたいのはこっちだ。」 わざわざ嫌われてる人に悪口を言われに来てやってんだ。それくらい欲を言っても構わないだろ。
「あそっか、恥ずかしいよね、私!!!! ぇっ、と、」
少しずつ腹が立ってきた
「あぁもう!!!! 嫌いなら早く嫌いって言ってくれないかな!? わざわざ悪口言われに来てやってるこっちの気持ちにもなれよ!!!!」 君とのゆったりした時間は、個人的に、悪くないと思っていたのに。
「えいやまって私嫌ってないよ。私嫌ってないよ!?!もはやその逆だし!?」
逆、、逆、、?
「逆って。 どういう、、、」
バチンっ僕の両頬が大きな音とともにはたかれた。いや、挟まれたの方がいいのだろうか。
「私、、、、君の事が好きなんだけど。」
その言葉だけが、熱くなる頬と共に体をじんわりと蝕んでいった。
「、、、、は?」
君の奏でる音楽は、いつだって僕の世界を覆してしまう。 それが例え、頬を叩く音だったとしても。
彼女は麦わら帽子の似合う人だ。
本人は気にしているけれど、ひまわりの種のようなそばかすを散らして笑う笑顔は弾けた水風船のようで心が水に触れたように洗われた感覚になる。
いつもみたいにそうやって笑ってる君が今も変わらず好きだよ。
たまに枯れそうな時は僕が傍で君を笑わせるから、だから安心してね。
僕は君の太陽にはなれなかったようだけれど、君の為の水になれていたら、それ以上に喜ばしいことは無いよね。
だからどうか笑顔を絶やさず、幸せになってください。
「終点だよ。」
頭上から声がした。
「いや、ここまだ通過点でしょ。」
僕は答えた。
「いや、終点だよ。 君がそうしたんだ。そうなるように人生を組み込んだのは結局君だよ。」
訳の分からないことを言う少し見覚えのある顔が物言いをする。
「僕は生憎スピリチュアルじゃないからね、君が何を言っているのか分からない。」
少し皮肉を込めて言ってみた。
「この電車が今動いていないのが、証拠でしょ。」
思わず吹いてしまうところだった。 煽ってみたのにも関わらず事実だけを淡々と言う人間は、少し苦手だ。
「それは、確かにそうだね。 」
でも僕にはここを終点にするには、少し早いと思ったのだ。 まだ2駅分くらいしかきっと走っていないのに、ここの設計者はどれだけ裕福考えを持っていたのだろう。
「さっきはふっかけて悪かったね。 少し遊びたかったんだ。じゃあ僕はここで降りるから、話し相手をしてくれてありがとう。さようなら。」
「行くの?」
袖を引っ張られよろけてコケてしまった。 僕の体はこんなにも脆いものだったか?
「君が、、行けと言ったんだろう。」
体が少しずつだるくなり、脇腹が酷く痛む。
「そうだけど、そうじゃないの、」
彼女が何を言っているのか、全く分からなかった。
「僕もここで降りるのが最善だとは思えないんだ、何故かわかるかい?」
知ってるわけも無いのに、返答を待った。
すると彼女は僕の目を真っ直ぐ見て言ったのだ。
「まだ生きたいからよ。」
目が覚めた頃にはもう「君」は居なかった。あの車両での君の袖を掴んでいた掌はいつの間にか、僕の手を優しく握ってくれていたのだ。
「君が、助けてくれたんだね、」
すっかり固くなった手を誰かが包んでくれているかのように、僕は慣れた手つきでナースコールを押した。
のんびり屋な君へ
久しぶりです。
お元気ですか?
俺は元気です。 毎日部屋の窓を開けて君の名前をうっかり呼びかけてしまいます。 いつの間にか君のことを朝起こすのが習慣化してたようで、少し寂しいです。
そっちはどうですか? 友達、出来ましたか?
その人達とは上手くいってますか? ちゃんと自分の意見言えてますか? そっちに俺は居ないから、意見はちゃんと自分で言わなきゃ何も始まんないので、なんとか頑張ってくださいね。
いつか言おうと思ってました。
あの時、君の言葉を最後まで聞かずに拒絶して、本当に悪かったと思ってます。
あの時の俺は、君の事がどうしても理解できなくて、何があって俺の事を好きになって、俺に告白をしてきたのか、今も理解する事は少し難しいですが、努力しています。
そして、拒絶をしてしまった事、本当に謝りたいです。
君の迎え火は君の御家族がやって下さるはずですが、俺の部屋の近くにあるベランダで、俺もこっそり迎え火を焚こうと思っています。
そうしたら、少しは俺の前に現れてくれるかもしれないので、8月の楽しみに取っておこうと思います。
今回は初盆なのでこっちに顔を出す暇は無いかもしれませんが、もし少しでも時間があれば、俺の寝顔でも眺めに来てください。
最後に、あの時拒絶してしまったのは、気持ち悪かったからじゃないんです。それは分かっていて欲しいです。
君の事が大切なのは、俺も変わってません。
ホントなら、あの時返事をするのが正解だったとは思うのですが、どうしても自分の心を見透かされたようで恥ずかしくなってしまい、逃げてしまいました。
君は俺より20cmくらい身長が高いので、隣を歩いていたら友達どころか兄弟、親子に見えてしまうんじゃないか。とか、 その後の事を考えて居たら、いつの間にか腕を振り払ってしまっていました。
その時の君の顔は、今でも忘れられません。 見上げるほど背丈の高い君の顔は、逆光でも分かるほどに傷ついていましたね。
俺は、思わずあやまることではないのに
「あ、ごめん、」と言う事しか出来ませんでした。
今になって思います。 思わず、という行動がどれほど恐ろしいものなのか。
謝ってももう君は戻っては来ませんが、せめてもの思いで君が好きだと言ってくれた耳には穴を開ける事はやめておこうと思います。
遅くなりましたが返事をしたいです、そっちに行ってからでもいいかもしれませんが俺はせっかちなので送り火の際そこに、この手紙が届く時に見て下さい。
俺も君が好きです。
せっかちな俺より
彼女が死んだ。 バイクに乗ってて、玉突き事故に巻き込まれた。 即死だったそうだ。
俺の一目惚れだった。 でも彼女はずっと前から俺を知っていたらしい。
家族も優しく、俺に良くしてくれた素敵な、とても暖かな家庭だ。 だからか、彼女は蝶よ花よと育てられたらしい妖精のような人だった。
出会ったのはどの季節だったか、確か花粉アレルギー持ちの俺の鼻水が止まらない季節だったか、それともギラギラ太陽が眩しい季節だったか。
もう覚えていないけれど、君はそれほどに明るく風のような人だった。
彼女の葬式も、お通夜も、火葬場でも、誰かのすすり泣く声が聞こえていた。ずっと、聞こえていた。
「あの子ねぇ、司書になりたいって言ってたのよ。」
それは聞いた事があった。
「あ、それ聞いた事あります、俺が、、、、」
俺が、小説家になるって言ったからだ。
「貴方、小説家になるのが夢なんでしょう? あの子がね、言ってたのよ 「彼がね、小説家になるって言うのよ。だから私が彼の小説を本棚に並べたいの。」って、あの子らしいでしょう。」
そこまでは聞いた事が無かったから、少しびっくりした。
「貴方の事、近くの書店で見た事があったんだって、貴方の本を見つめる瞳が、とても好きだったって、言ってたわ。」
ああ、そうか、そうだったのか、彼女が俺を見かけたのは、俺が一目惚れをしたあの書店だったのか、
ぐすっうっ、
また誰かのすすり泣く声が頭に響いた。
「こんな、っ、ちっちゃく、なっちゃいました、ね、」
届いて欲しい人に届く訳もなく、嗚咽の籠った泣き声が響く。
「ええ、」
俺はただ、骨壷を抱いて行儀よく泣く事しか出来なかった。