あん

Open App

彼女が死んだ。 バイクに乗ってて、玉突き事故に巻き込まれた。 即死だったそうだ。
俺の一目惚れだった。 でも彼女はずっと前から俺を知っていたらしい。
家族も優しく、俺に良くしてくれた素敵な、とても暖かな家庭だ。 だからか、彼女は蝶よ花よと育てられたらしい妖精のような人だった。
出会ったのはどの季節だったか、確か花粉アレルギー持ちの俺の鼻水が止まらない季節だったか、それともギラギラ太陽が眩しい季節だったか。
もう覚えていないけれど、君はそれほどに明るく風のような人だった。
彼女の葬式も、お通夜も、火葬場でも、誰かのすすり泣く声が聞こえていた。ずっと、聞こえていた。
「あの子ねぇ、司書になりたいって言ってたのよ。」
それは聞いた事があった。
「あ、それ聞いた事あります、俺が、、、、」
俺が、小説家になるって言ったからだ。
「貴方、小説家になるのが夢なんでしょう? あの子がね、言ってたのよ 「彼がね、小説家になるって言うのよ。だから私が彼の小説を本棚に並べたいの。」って、あの子らしいでしょう。」
そこまでは聞いた事が無かったから、少しびっくりした。
「貴方の事、近くの書店で見た事があったんだって、貴方の本を見つめる瞳が、とても好きだったって、言ってたわ。」
ああ、そうか、そうだったのか、彼女が俺を見かけたのは、俺が一目惚れをしたあの書店だったのか、
ぐすっうっ、
また誰かのすすり泣く声が頭に響いた。
「こんな、っ、ちっちゃく、なっちゃいました、ね、」
届いて欲しい人に届く訳もなく、嗚咽の籠った泣き声が響く。
「ええ、」
俺はただ、骨壷を抱いて行儀よく泣く事しか出来なかった。

8/8/2023, 1:44:46 PM