ほろ

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2/19/2024, 11:41:34 PM

1日1回、部室棟の角にある化学部部室を見に行くようになって、早3ヶ月。枯葉は落ちて学年が1個上がり、卒業がスタート地点からよーいドンで走り始めた。追いつくのも時間の問題だ。
そのタイムリミットまでに、俺は化学部部室へ入らなければならない。扉の上の方のガラスに貼られた『私も』の意味を、中にいるメガネ女に聞かなければならない。そう思っているのに、いつもドアノブに手をかけては諦める。
「あー……また来るか」
毎日それの繰り返し。

「いい加減にしろ!」

今日も今日とて、化学部部室に背中を向けて立ち去ろうとした。だけど、扉が勢いよく開いて、顔を出したメガネ女が叫んだ。何事だ、と向かいの書道部部員が顔を出す。すみません、と一応頭を下げれば、書道部部員はすぐに頭を引っ込めた。
「なんなんだ君は! 私をいつまで待たせる気だ! 毎日毎日、来るだけ来て終わりか!」
「なっ……なんで、知って……」
「影くらい見える! 本当に……いつまで……」
しゃがみこんで、大きく溜め息。
参ったな。急だからなんて言えば良いか分からねえ。
「えっと、あー、その、アレの意味って……」
「……まさか分からないとか言わないよな?」
俺の指を追って、メガネ女はまた溜め息をつく。
いや、意味はなんとなく分かる。分からないフリをして逃げているだけで。
唾を呑む。ごくり、喉が鳴った。
「……お前も、俺に会うために部室にいたって、ことだろ?」
俺の告白紛いの『お前に会いに部室に来ている』に対して、奴は返事をしたわけだ。
「分かっているなら、喜んだらどうだ」
「いや、その……まだ信じられないっつーか、そんな訳ないよなって思うっていうか」
「はぁー……君は本当に……」
「なんだよ」
「私も君が好きだ、とこう言えば分かってくれるのか?」
下から睨みつけられて、思わず顔を背ける。
こいつ、たまにこういう直球なところがあるから苦手だ。
「……充分分かってるよ」
「なら良し。さ、中に入ろう。君に話したいことが沢山あるんだ」
「はいはい」
久しぶりに化学部部室に入る。
相変わらず中は本が散乱していて、ちょっとホコリっぽい。でも、あの日枯葉をつけていた外の木は、すっかり桜が咲き誇っていた。

2/18/2024, 5:25:07 PM

ゆらり。沈んでいく太陽の輪郭を見ていると、夜がやってくるのだと思う。
夜は嫌いだ。誰もが少しずつ静かになっていくあの時間が、たまらなく怖い。寝るという行為が怖い。寝てしまったら、皆と同じように静かになってしまったら、今日の自分の息の根を止めてしまったら。きっと明日の自分は、今日の自分の皮だけを被った別の何かだ。

それでも、自分が人間である限り、眠気は毎日やってくる。何度だって自分の息の根を止めにやってくる。

「ああ……ねむい……」

会社用の鞄を投げ出し、靴下を脱いでその辺に投げる。ネクタイを緩めながら、そのままベッドに倒れ込む。
今日も眠い。また、今日の自分に別れを告げて、明日の自分を迎えに行かなきゃいけないんだな。

「ねたくない……」

2/17/2024, 2:01:15 PM

冬用の白いジャージの上下と、薄い青のシューズ。靴紐が解けないように結んだら、朝のルーティンが始まる。

家を出て、まず最初にユリハネ公園へ行く。入口から見て左にある砂場に入って、10分間宝石を探す。
「きょ、う、は、ダイヤあるかな〜」
透明で小さな砂粒が、今日は18個。なかなかの収穫だ。
10分過ぎたら、次は反対側。2つのブランコが並んでいる横のベンチ。その真ん中に座って3分すると、公園の入口を新聞配達のアルバイトさんが通る。
「よし。今日もピッタリ」
それを合図に公園を出て、アルバイトさんが行った方向に走る。わたしが公園を出て8分後にアルバイトさんが折り返して戻ってくる。
「おはようございます」
「おはようございます、お疲れ様です」
いつも通りすれ違い、4つ目の信号を右へ行く。佐々木家の真っ白な犬をチラ見して、藤野家の朝顔を通り過ぎ、この辺では唯一のコンビニの前を通ると川が見える。
川に沿ってずぅっと右へ行くと、橋がある。
「8時17分。そろそろかな」
橋を渡る。1キロ先、左手。そこに、できたばかりのケーキ屋がある。わたしの、最近のお気に入り。
「うん、今日もいい香り」
仄かに香るケーキの甘い匂い。朝にこの匂いに包まれるのが、朝のルーティンの終点であり、仕事の始まり。
「おはようございます」
店に入ると、パティシエールがひょいと顔を出す。
「おはよう、カヨちゃん。朝からごめんね。今日もよろしく!」
「はい、よろしくお願いします」
更衣室でジャージとシューズを仕事用に替えたら、ここから仕事が始まる。
「よし、今日も頑張るぞ」

2/16/2024, 3:08:47 PM

「あれ、今日先生休み?」
昼休みの終わりかけ。見たことのない女の先生がやってきて授業の準備を始めたので、前の席の奴に聞いてみる。
奴は一瞬女の先生を見たあと、何かを思い出すように宙を見た。
「先生って志賀セン? あー、風邪引いたらしいよ」
「風邪?」
「俺も詳しくは知らんけど、熱出たっては聞いた」
「ふうん……」
机の下でスマホに指を滑らせ、先生に連絡する。
すぐに既読がついて、『ぼつしやう』とだけ返ってきた。何のことだ、と逡巡。『没収』か、と思い至る。熱が出てても学校の規律を気にするのは、さすが先生。だけど、誤字も気にせず送ってくる辺り、相当熱が酷いらしい。
「ダメだなぁ、先生」
呟いて、スマホをスリープにした。
「なんか言った?」
「んーん。教えてくれてありがと」
「おー」
先生は、いつまで経っても俺を頼ってくれない。
誰よりも先生のこと心配してるし、大好きなのに。いつだって頼ってくれていいのに。

「帰りに何か買っていってあげよー」

どうせまた迷惑そうな顔をするんだろうけど、先生のためなら何だってするからね。

2/15/2024, 1:46:39 PM

ビリビリに破られた紙が、下駄箱のスノコの上に落ちていた。
「ラブレターでも破ったのか……?」
私は、紙片を1枚ずつ拾う。何が書かれているかは分からない。辛うじて、『ごめんね』『私 より』『生』の字は分かる。
ラブレターだとしたら、なんとなく内容は想像できる。

私より良い人がいるだろうからごめんね、みたいな。

「あれ……? でもそれって、ラブレターじゃなくない……?」
それに、それを破く意味が分からない。
貰った側が怒って破いた? こんな、誰かに手紙を拾われて解読される可能性のある場所で?
私は、紙片をパズルのように並べた。内容が気になる。もし本当にラブレターだったとしたら、あげた方と貰った方には悪いけど。

少しずつ紙片パズルが完成していく。
罫線が引かれただけの、白い便箋。いや、ノートを破いたのかも。とにかく、シンプルなそれに、並んだ言葉。

『2024年2月15日の私、これを見たらすぐに逃げて。絶対に捕まらないで。詳しいことを言えなくてごめんね。生きて。 10年後の──』

「10年後の私より……?」
どういうことだろう。捕まらないで、とは誰に?
じ、と見ている間にふと気付く。この手紙を読んだだけでは、内容の意味が分からない。だから、破いても意味がない。意味があるとしたら、恐らくこの手紙の主の10年前である私と、"私を追っている誰か"にしか。

ハッとして、外靴に履き替えるのも忘れて昇降口へ向かった。しかし、遅かった。

「ざんねんでした」

手紙を破いた犯人が、ニタリと笑って私の行く先を塞いだ。
ごめん、10年後の私。ちょっと間に合わなかったかも。

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