「ポッキーもらってきた!」
「マジ? もうキットカットとトッポあんだけど」
元気よく教室に飛び込んできた幼なじみ。片手にポッキー。その組み合わせで、恐らく通りすがりの女子辺りに貰ってきたんだろうなと推測できる。
しかし、俺の机の上には既にキットカットとトッポが置かれている。ここにポッキー。棒系チョコはもう間に合ってるかもしれない。
「えー……じゃあ、たけのこ? きのこ?」
「んな都合よく持ってる奴いるのかよ……」
「部活の先輩にどっちももらった!」
「よく派閥争いが起きなかったな……せっかくだし、両方食べるか」
ほーい、と幼なじみは両方のポケットから、たけのこの里ときのこの山を取り出した。ポッキーと一緒に机に起き、俺の前の席に座る。
「あとねー、チョコパイと明治チョコとガーナとさくさくぱんだとー……」
どこにしまっていたのか。ポケットから次々とチョコ菓子が出てくる。
「ははっ、どんだけ貰ったんだよお前」
「だって、毎年バレンタインはそうしてるじゃん」
「そうだな」
毎年恒例、男同士のチョコを食べるだけの日。
お互いに貰ったり買ったりしたチョコを持ち寄って、食べながら喋るだけの日。
なんだかんだ言って、俺はこの日が好きだったりするのだ。
隣に住むお姉ちゃんは、7歳年上。さらさらの黒い髪と、赤いメガネが特徴的な美人さん。僕が小学校低学年の頃からずっと、一緒に登下校してくれている優しい人。
「おはよう」
「おはよう、お姉ちゃん」
だけど、それも今日で最後だ。
お姉ちゃんは来週から東京の大学に行く。いつこっちに戻ってくるか分からない。夏休みとかに帰ってくるかもしれないし、何年も帰って来ないかもしれない。
「…………あのさ、お姉ちゃん」
「ん? どうしたの?」
「……ごめん、なんでもない」
「なぁに、変なの」
お姉ちゃんはクスクスと口に手を当てて笑っている。その姿がキラキラして見える。
本当は、お姉ちゃんと手を繋ぎたかった。でも言えなかった。多分、言ったところでお姉ちゃんはなんの抵抗もなく手を繋いでくれるだろう。だけど、それじゃあダメなのだ。
だから、
「ねえ、お姉ちゃん」
「今度はなあに?」
「僕もきっと、東京に行くね」
お姉ちゃんの目が丸くなる。そしてすぐに、小さい子を見るような目で微笑んだ。
「そっか。じゃあ、待ってるね」
「うん」
だから、待っててお姉ちゃん。カッコよくなって、絶対ドキドキさせるから。
いつも美味しいご飯をありがとう。
学校の送り迎えをしてくれてありがとう。
部活の応援に来てくれてありがとう。
遅い時間に帰っても、一緒にご飯を食べてくれたよね。本当にありがとう。
私が進路に悩んだ時、お金なら心配しないでと言ってくれて嬉しかった。
ケンカすることもあったけど、あれは私のためだったんだよね。今ならよく分かる。本当に感謝してもしきれないよ。
それなのに、私ったら本当にバカだよね。
全部全部、伝えないまま。
伝えたい相手は、もういないのに。
今更後悔しても、届きやしないのに。
手から汗が止まらない。喉が渇き、ごくり、唾を飲み込む。
目の前にそびえ立つのは、観覧車だ。夕日を背に、ゆっくり回っている。またごくり、喉が鳴る。
「どうしたの、行かないの?」
「あ、うん、行こうか」
後ろにいた彼女に急かされ、僕は観覧車に乗った。彼女も僕の正面に座る。観覧車の扉が閉められた。僕達の呼吸音が観覧車の中を満たす。
「……今日、楽しかったね」
「えっ、うん、そうだね……!」
この後のことを考えると、上手く喋ることができない。
ただ返事をするのでさえ、人間一年目かというくらい当たり障りのない言葉しか出てこない。
ちら、と彼女を見る。彼女はぼんやり外を見ていた。その横顔がまた美しい。じゃなくて。早く言ってしまわなければ。
「なんか、ずっと上の空だけど何を考えているの?」
彼女の声がして、ハッとする。いつの間にか、彼女の視線は僕へ向いていた。
「え?」
「今日、ずっと何か考えてるでしょ? デートしよって言ったのそっちじゃない」
サッと血の気が引く。さっきまで汗だくだった手からも一気に汗が引いた。
もしかして、もしかしなくても、怒ってるのではなかろうか。今日、この場所で伝える言葉ばかりを頭で流し続けていたから、彼女からしたら上の空に見えたのかも。
「ちがっ、違うんだ、あのっ」
「……何?」
「僕と結婚してくださいっ…………って、言おうと……思って……そればかり考えて……しまいまして」
後半にいくにつれ、視線も声も下向きになる。
言ってしまった。彼女の顔を見るのが怖い。どうか、頼むから、想像通りの反応であってくれ。
僕はゆっくり、顔を上げた。そこには。
校舎裏のゴミ捨て場。誰もがみんな避ける場所。
そこにやって来るのは、よほどの物好きかつ独りぼっちのわたしみたいな人間か、煙草を吸う悪い用務員さんかのどちらかだ。
「今日もいる」
そして、たまに二人が一緒になる日もある。最近だけに関して言えば、たまに……ではなく、毎日かもしれない。
用務員さん──わたしが密かに番長と呼ぶ人は、前までわたしを避けるようにいない日の方が多かった。最近は何故か、わたしが顔を出すと必ずいる。
「……お前暇かよ……」
「用務員さんだって暇人じゃん」
笑いながら、番長の隣にしゃがむ。
「俺は休憩中だから」
彼のピアスが反射して眩しい。金髪も相まって、まるで太陽そのものみたいだ。わたしなんかでは手が届かない、明るい場所にいる。
「うそだぁ」
「ほんと」
煙草の煙がピアスを隠す。わたしも隠してほしかった。誰もがみんな避けるわたしを、消してほしかった。
でも、きっとこの人は煙で隠してくれたりしない。そういう人だ。
「おい、煙草臭くなっからあんま近寄んな」
「はぁい」
「…………今日さぁ、なんか元気ない?」
「え?」
番長の目がわたしを捕まえる。直射日光。日陰者のわたしに、太陽は眩しすぎる。
「気のせいじゃない?」
「そうか? ……ま、何かあったら言えよ」
「はいはい、ありがとうございます」
番長は首を傾げながら、それでもずっと煙草を吸う。
ただ隣にいてくれる。太陽みたいな明るさで照らしてくれる。それだけで、わたしは元気になれるから。
「心配しなくて大丈夫」