ほろ

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2/9/2024, 2:15:40 PM

強烈な出会いってあると思う。
僕の場合は、それが祖母の葬式だった。

小学生の頃、祖母の葬式に参加した。葬式に出るのは初めてのことで、よく分からないまま母に連れていかれたのを覚えている。
祖母がいないという実感もないまま、お坊さんが長いお経を唱えているのをぼんやりと聞いていた時だった。
その人は、ヒールの音を鳴らして祖母の棺に近づいた。周りの大人達がざわつく。その人の腕には、赤い薔薇の花束が抱えられていたのだ。
真っ赤な薔薇と、ヒールの音。お経よりも、それに釘付けになった。

小学生の僕は、どうして周りの大人がざわついていたか分からなかったけれど、大人になった今なら、あの人の異常さが分かる。葬式に赤い薔薇はありえない。
「そういえば……」
あの時、母は言っていた。赤い薔薇、しかも七本なんて。と。
「七本……?」
指を滑らせ、スマホで意味を調べる。
程なくして出た検索結果に、思わず苦笑いしてしまった。葬式だからこそと言うべきか。七本の花束は、あの人から祖母への最後のメッセージだったようだ。

今でも忘れられない、祖母の葬式のあの人。
いつか僕にも、あの人のように想ってくれる人ができるだろうか。

2/8/2024, 2:01:14 PM

「スマイルくださぁい」
バイト先の先輩が、ふざけた調子で私のレジに来た。
そういえば、今日は先輩とシフトが被ってなかったなと、先輩の真っ赤なネイルを見て思い出す。
「スマイルは取り扱ってません」
「えー、そんなこと言わないでよぉ」
「って言われても……てか、暇なんですか先輩。バイト休みの日までバイト先にくるなんて」
先輩は、えー? とニコニコするだけで、質問には答えない。ネイルが、私の手に触れる。
「スマイルくれたら帰るね」
「うわ、迷惑……」
「ひどー。あ、じゃあお菓子買う。ちょっと待って」
スナック菓子のコーナーに行き、明らかに適当に選んだであろう激辛スナックを持って戻ってくる。ネイルと同じ、赤いパッケージが目立つ。
「はい、これ。あとスマイルください」
「はぁ……仕方ないなぁ、もう」
こうなりゃヤケだ。
私は、激辛スナックを打ったあと精一杯の笑顔を見せる。
「238円でございます」
「はぁい」
財布の中から小銭を出す先輩。コイントレーに乗せられていくそれを目で追いながら、溜息一つ。
「…………満足ですか?」
「うん、超満足! はい、ちょうど!」
コイントレーに乗った小銭を数え切る前に、「レシートいいや!」と先輩は去っていった。
「……嵐みたいな人だなぁ、ほんと……」
次は私が困らせるか。
自由な先輩の「スマイルください」を反芻して、私は笑った。

2/7/2024, 2:02:44 PM

さて、どうしたものか。
我が化学部には、幽霊部員がいる。大して部活に参加していないし、居てもいなくても変わらない不良。だが、ここ1ヶ月程、まったく部室に寄り付かなくなった。それが問題である。

原因は分かっている。
この部室が好きだから顔を出すんだろ、と言ったら、彼は私に会いたいから来ているのだと言った。その次の日から来なくなったのだから、恐らく羞恥心が邪魔をした結果の部室に寄り付かない、なのだろう。
「ずっと彼相手に独り言を言っていたからな……話し相手がいなくなるのは困る」
ぎ、とパイプ椅子が音を立てる。
やはり今日も、部室の扉は開かない。彼の羞恥心をどうにかしない限り、私以外があの扉を開けることはないのだろう。
「連絡先は知らないし、電話もできない。唯一話せるとしたら部室だが、それにも寄り付かない……となれば」
私は、立ち上がって机に転がったままのペンと置きっぱなしの紙を手に取る。そして鏡文字とはどう書くんだったか、と思考する。
「こういうのはSNSや学校の掲示板では書けないしな。どうせ部室の様子くらいは見に来ているんだろう」
『私も』の2文字。それさえ書けば分かるはずだ。
私は、扉の上方にあるガラス窓に紙を貼り付けた。

「ふふん、さっさと来るんだな、幽霊部員くん」

2/6/2024, 12:40:32 PM

徐々に動きが鈍くなっていくのが分かった。
傍にいた弟に手を伸ばすが、弟はジッと俺を見るだけだ。止まらずにゆっくり離れていく。
「もう、ダメかもしれない……」
薄々気付いてはいた。
もう5年になる。限界がきているのはとうに分かっていたのだ。それはきっと弟も。
何度も頭を打ち付けたり、叫んだりしたから、寿命なのだろう。
「せめて、最後の叫びを……」
離れていった弟が戻ってくる。
「兄さん」
「最後の仕事だ」
「うん」
カチリ。時間だ。

ジリリリリリリリリリリ!!

「んー……あと、5分だけ……」
バン!
俺たちの必死の叫びは、強制的に止められた。
「……おつかれ、兄さん」
「ああ。お前もよくやった。さあ、休もうか」
俺たちは、主が設定した時間を示したまま止まった。
また命を吹き込まれるまで、しばしのお別れだ。おやすみ、主。

2/5/2024, 1:34:55 PM

『無理たすけて』
『推し、尊いがすぎる』
『はよ円盤くれください』
『は? 好きだが?』
タイムラインに流れてくるオタクの魂の叫び(?)に、いいねを押す。
「わかりみがふかい……」
ベッドでゴロゴロしながら、どんどんスクロール。

わたしの好きなアイドルのツアーが、今日終了した。
現地に行けず、配信で参戦したわたしでさえ、SNSにいくつか投稿をしたのだ。現地参戦の人達が阿鼻叫喚になるのは想像にかたくない。

たった数分で、もう30いいねくらいしている。
『セトリ完璧だった』、いいね。『アンコールの流れ鳥肌たったわ』、いいね。
「やっぱ、ツアー後の感情迷子状態の呟きでしか得られない栄養あるよなぁ……あ、これも分かる」
胸にしまいきれない感情を文字にして、わたし達は繋がっている。いいね、いいね。顔が見えなくても、わたし達は同じアイドルを好きになって、同じ感情を持つ仲間だ。
「はぁー……まだ余韻に浸らせてくれー」
スクロールする手が止まらない。
よし、今日はこのままオールしよ。

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