ほろ

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1/25/2024, 12:42:41 PM

「先生」
声をかけられて振り返ると、何故か頬を膨らませて仁王立ちしている生徒が立っていた。
「どうした?」
「どうした、じゃない。あれ」
「あれ?」
トントン、と生徒は自分の手首を指す。
ああ、とようやくそこで怒りの理由に合点がいった。彼にもらった誕生日プレゼントを、俺が付けていなかったからだ。
「善処するって言っただろ」
「毎日付けてって言ったでしょ」
「そんなこと言われてもなぁ……」
これでも、もらった当初は、特別扱いをしない範囲でどうにかしようと考えたのだ。でもダメだった。生徒からのプレゼントを身に付ける。それがどんなに大変か、彼はきっと知らない。
「先生の嘘つき。毎日付けてないの見て、嫌われたかもって不安に思う俺の気持ち、知らないんだ」
「お前は俺の彼女かよ」
そもそも付き合ってすらいないのだが。というか、何か盛大な誤解が生まれている気がする。
「それと、身に付けてはないけど、持ち歩いてはいるから」
「え」
「これ」
ポケットからブレスレットを引っ張り出す。
彼の目の前に持ち上げて見せると、途端に彼の頬が緩んだ。
「…………嘘つきって言ってごめん」
「素直に謝れる生徒は嫌いじゃないよ」
「え、今好きって言った?」
「言ってない」
そっか、と彼は笑う。俺がブレスレットを持っていることに安心したらしい。面倒な生徒に好かれたもんだな、と彼の笑顔を見て思う。
「じゃあ、授業始まるから俺は行くぞ」
「はぁい」
ニコニコしながら手を振る彼に、背を向ける。嫌われなくて良かったと、心の隅で安心している自分がいることに気付かないフリをして。

1/24/2024, 11:17:56 AM

「こんちはー」
学校裏にあるゴミ捨て場。普通なら誰も近寄らないような場所へ、今日も奴はやってきた。
「また来たのかお前」
「へへ、なんかやってないかと思って」
「今日はやってねーよ」
この前、焼きいもを作っていたのが見つかって以来、なるべく学校では変なことをやらないようにしている。そうしないと、バレた時にこいつが大変だから。
だけど、こいつには俺の親切が伝わっていないのか、やたらと俺に絡んでくる。
「えー、残念。用務員さんが次何するのか楽しみにしてるのに」
「人を問題児みたいに言うな」
「金髪にピアスしてる人を、問題児扱いしないならどういう扱いをすれば……」
「そもそも、お前は子どもで俺は大人。環境がちげぇよ。大人が金髪ピアスは変じゃないだろ」
それはそうですがぁ、と奴は足下の石を蹴飛ばす。
コン、とそのうちのひとつが俺の足に当たった。
「つーかお前、友達とかいねぇの。俺んとこばっか来てさ」
タバコを出して火をつける。奴はパッと顔を上げて顔をしかめた後、力なく笑った。

「いたら来てないよ」

タバコの煙が奴の顔を隠した。
冗談で言ったつもりなのに、まさかそう返されるとは思っていなかった。いつもヘラヘラしていて、言葉通り明るい奴なのに。どうしてか今の笑い方は、影が落ちていた。明るい奴の、光の裏側を見せられたようだった。
「そっか」
上手い言葉が見つからず、咄嗟にその三文字が出る。
奴は未だにその辺の石を蹴っている。怒ったりも泣いたりもしない。慣れています、という態度に、腹が立って言葉を探す。
「……明日」
「え?」
「明日、花火やるか」
自分でも何を言っているか分からなかった。ただ、楽しそうに笑う奴の顔が見れそうなのが、それしか思いつかなかった。
「火はあるし、どうせお前明日も来るんだろ」
「は?」
奴は困惑していた。石を蹴るのをやめて、口を開けて俺を見ていた。数分くらいそうしていたと思う。奴は急に腹を抱えて笑い出した。
「やっぱ問題児じゃん!」
学校で花火なんて、と笑う奴の顔に、影は落ちていない。うるせーよ、と奴の頭を小突く。
花火買わねえと。奴の笑い声が響く中、俺は高く昇るタバコの煙を目で追っていた。

1/23/2024, 10:54:31 AM

「とまぁ、こんな夢をみたんだが、君はどう思う?」
教授が膝の上で手を組む。
今、この研究室には私と教授しかいない。普段厳しい教授が、自分の夢の話を学生にするということは、多少なりとも私に気を許しているということだろうか。
「聞いてるか?」
「聞いています」
しかし、どう思うと言われても返答に困る。

教授の夢は、今のように研究室の席に座っているところから始まる。
足を組んでコーヒーを飲み始めたところへ、私がやってくるのだそうだ。そして、何やら話をした後、私が研究室から出て行く。その際、研究室を訪れた誰かとぶつかって尻もちをついた、と。

「あの、教授」
「なんだ?」
「正直に言いますと、なぜ私が出てきたのか気になって、感想を言うところではありません」
教授が足を組みなおす。
「……一応誤解のないように言うが、いつも夢に君が出てくるわけではないからな」
「そうですか」
良かった、と言うべきか迷う。
教授が気まずそうに私から目を逸らす。参ったな。
「感想は少し考えさせてください。今日のところは失礼します」
私も気まずくなって、研究室を出ることにした。
扉を開けて、
「きょーじゅー!」
同じ研究室の男の子とぶつかる。
反動で、尻もちをついた。
「え」
「あれっ、ごめん! 大丈夫? ……え、何?」
私と教授の視線に気付いたのか、男の子が困惑して私たちを交互に見る。
「教授」
教授の方を振り返れば、教授はコーヒーカップを持ったまま固まっていた。
「正夢ですか? 予知夢ですか?」
教授からの返事はなかった。

1/22/2024, 1:20:42 PM

『第一世代のタイムマシーンが発売されて以降、様々なタイムマシーンが発売されてきましたが、ここで流行のタイムマシーンを見てみましょう!』
街頭ビジョンにニュースが流れ始めた。
女性アナウンサーのハツラツとした前置きの後、画面いっぱいに流行りのタイムマシーンが映し出される。丸いたまご型、持ち歩きできる鞄型、操作が簡単なスマホ型……色も形も様々で、タイムマシーンが普及していることがよく分かる。
「そんな時代になるのか……」
つい口に出してしまい、周りを見る。幸い、誰かに聞かれてはいないようだった。みんな、街頭ビジョンに夢中らしい。
『今やタイムマシーンは我々の生活にかかせない存在です! 流行りのタイムマシーンをおさえて、貴方も時間旅行を楽しみましょう!』
女性アナウンサーが言い切った後、画面が切り替わる。
赤い字がズラリと並ぶ。
『時間旅行に関する法律、第三十一条により十年以上先の未来へ時間旅行することは禁じられております。タイムマシーンをご利用の際はご注意ください』
ぎくり。俺は慌ててその場を走り去る。

大丈夫だ。俺が十五年前からここへ飛んできたことを、この世界の人間は知らない。きっと、バレやしない。
乗ってきたタイムマシーンが隠されている場所へ向かう。十五年前に俺の家があった場所。この世界では、廃墟になっている場所。そこは誰も知らないはずだった。
「……誰だ?」
蔦だらけの家の前に、男がいた。人懐こい笑みを浮かべて、一歩また一歩と俺に近寄ってくる。
「近寄るな!」
「酷いなぁ。第一世代のタイムマシーンでここまで来るの、大変だっただろうから労おうと思ったのに」
「……なんで……知って……」
「あれ、分からない? 俺だよ、俺」
俺、と自分の顔を指す。見覚えがない。
思考する間にも、男はどんどん近付いてくる。
「あー、こう言った方がいい? 俺は政府の人間であり、君である、って」
「は?」
ピタリ。男は俺を見下ろす位置で足を止めた。
「第三十一条違反により、対象者の記憶消去、および強制送還を行います」
先程、街頭ビジョンに映っていた鞄型のタイムマシーンが取り出される。
世界がぎゅるんと反転して、めちゃくちゃに混ぜ合わされていく中で、俺だと名乗った男が手を振っていた。

1/21/2024, 3:30:35 PM

高一の夏。父さんが亡くなってから三回目の夏。
母さんは昼も夜も働いていて、俺はいつも一人だった。
家に帰っても誰もいない。誰も俺なんかに構う暇がない。心の真ん中がポッカリ欠けたまま、俺はある日、夜の学校に忍び込んだ。ただの暇つぶしだった。

昼のうちに開けておいた一階の窓から、中に入った。普段通っているはずのそこは、月明かりで照らされると途端に姿が変わる。誰もいない、静かな場所。
「あー……」
まるで、俺の心を表しているようだった。ポッカリ欠けたところに、きっとこの場所があるのだ。誰もいない、何もない、ただ存在するだけの生きていない場所が。
「ははっ……」
適当に近くの席に座って天井を見る。
このままここで過ごしたら、母さんは心配してくれるんだろうか。なんて、くだらないことを考えていた。

「うわっ!」

声がして、ハッと教室の前扉を見る。誰かいる。二十二時、無人のはずのこの場所に。
「え、誰? あ……ん? んん? うちのクラスの奴か?」
徐々に近付いてきて、姿がハッキリする。俺のクラスの担任だった。手に紙を持っているところを見るに、何か忘れ物を取りに来たのだろうか。最悪だ。何も今日じゃなくていいだろうに。
さて、何を言われるか。じっと身構えて、担任の次の言葉を待つ。哀れみか、怒りか、それとも別の何かか。
「お前、うち来る?」
は、と息が漏れた。正解は別の何かだった。
「うち、来るって……?」
「そう」
担任は、それ以上何も言わなかった。
何を言われているか分からなかった。でも、ここにいるよりはマシだ。
「行く」
俺の返事と共に、担任は歩き出した。その背中を追って、俺も教室を出た。

あの夜が、俺にとっては特別だった。
今はもう、俺の担任じゃなくて別のクラスの担任だけれど、俺の心の教室は、確かにあの夜息を始めたのだ。

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