高一の夏。父さんが亡くなってから三回目の夏。
母さんは昼も夜も働いていて、俺はいつも一人だった。
家に帰っても誰もいない。誰も俺なんかに構う暇がない。心の真ん中がポッカリ欠けたまま、俺はある日、夜の学校に忍び込んだ。ただの暇つぶしだった。
昼のうちに開けておいた一階の窓から、中に入った。普段通っているはずのそこは、月明かりで照らされると途端に姿が変わる。誰もいない、静かな場所。
「あー……」
まるで、俺の心を表しているようだった。ポッカリ欠けたところに、きっとこの場所があるのだ。誰もいない、何もない、ただ存在するだけの生きていない場所が。
「ははっ……」
適当に近くの席に座って天井を見る。
このままここで過ごしたら、母さんは心配してくれるんだろうか。なんて、くだらないことを考えていた。
「うわっ!」
声がして、ハッと教室の前扉を見る。誰かいる。二十二時、無人のはずのこの場所に。
「え、誰? あ……ん? んん? うちのクラスの奴か?」
徐々に近付いてきて、姿がハッキリする。俺のクラスの担任だった。手に紙を持っているところを見るに、何か忘れ物を取りに来たのだろうか。最悪だ。何も今日じゃなくていいだろうに。
さて、何を言われるか。じっと身構えて、担任の次の言葉を待つ。哀れみか、怒りか、それとも別の何かか。
「お前、うち来る?」
は、と息が漏れた。正解は別の何かだった。
「うち、来るって……?」
「そう」
担任は、それ以上何も言わなかった。
何を言われているか分からなかった。でも、ここにいるよりはマシだ。
「行く」
俺の返事と共に、担任は歩き出した。その背中を追って、俺も教室を出た。
あの夜が、俺にとっては特別だった。
今はもう、俺の担任じゃなくて別のクラスの担任だけれど、俺の心の教室は、確かにあの夜息を始めたのだ。
1/21/2024, 3:30:35 PM