ほろ

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1/5/2024, 12:46:22 PM

今年こそ離婚です、と真っ白い肌の妻が背を向けた。
毎年のことだけれど、今年は一層決意が固いらしい。
地上は猛吹雪。人間たちの「寒暖差やばくね?」という声が聞こえる。
「すまない。君が通販サイトで散財するのと、俺が地上でコンビニスイーツに散財するのとでは訳が違うよな。貴重な人間用通貨を使ってしまって申し訳ない」
「いいえ、今年は引きません。地上なんて雪に埋まってしまえば良いんだわ!」
妻は雪の神だ。きっと有言実行するだろう。
周りにとってはしょうもない喧嘩かもしれない。しかし、ここで妻の機嫌を直さなければ、地上は春夏秋冬ではなく冬冬冬冬になってしまう。
「悪かった。機嫌を直してくれ。このまま猛吹雪が続けば、君の大好きな通販サイトの荷物も届かなくなるぞ」
ピクリ。背を向けている妻の肩が跳ねた。
よし、もう少し。
「今後、コンビニスイーツを買う時は君に相談するよ。散財はしない。買ったら君と一緒に食べる。約束だ」
「…………言ったわね?」
猛吹雪が小雪まで落ち着く。いける。
「もちろん、生涯忘れないと誓おう」
「通販サイトで散財しても文句言わない?」
「ああ。むしろ俺にも使わせてほしいくらいだよ」
「……分かったわ」
振り向いた妻の顔は、ほんのり赤くなっていた。
アナタって、本当優しいわよね。パッと飛びついてきて微笑む。
俺はホッとして、妻を抱きしめた。
やったぞ、地上の人間たち! 今年は恐らく、最後の日まで冬晴れだ。

1/4/2024, 3:21:05 PM

正月に行われる親戚の集まりほど、逃げ出したくなるものはない。
「佐和ちゃんはお付き合いしている男性はいないの?」
そらきた。
隅の方で小さくなりながらスマホを弄っていた私に、叔母さんがニコリ。
「いません、けど」
「あら、今いくつだったかしら?」
「27よ。ほんとこの子ったら、男の人ひとり連れて来なくてねー」
叔母さんの隣に座りながら、母が私を見る。まるで私がおかしいかのように、なんの悪気もなく。
「あらあら、ダメじゃない。せめて30までは、ねえ?」
「そうよねぇ……ほら佐和、あんたの幸せを思って言ってるんだから、ちょっとは話を聞きなさい」
またスマホに視線を落とした私を、母が目敏く見つけた。舌打ちをしかけて、首を振る。ここで舌打ちなんてしたら、さらに面倒だ。逃げるが勝ち。
「トイレ行ってくる」
「佐和!」
母の声を無視して廊下に出る。
幸せって、他人が決めるもんじゃないじゃん。どうせ私が何を言っても聞かないくせに。めんどくさ。

縁側に座り、先程までメッセージのやり取りをしていた相手に電話をかける。呼び出し音はすぐに止んだ。
『はいはい、どした? 好きな人の話でも出た?』
「付き合ってる男はいないのかって言われた。めちゃくちゃウザくて死にそう」
『あはっ、ウケる。佐和、そういうの嫌いだもんね』
「ほんとさー、そんなの私の勝手じゃん。誰と付き合おうが結婚しようがさー」
『分かるー! あたしのとこもそうだよ。親の言う好い人、って男限定なんだよね』
相手は、「古いよねー」とひとしきり笑った後、声を潜めた。
『帰ってくるのいつ?』
「明後日」
『ん、分かった。迎えに行く』
「甘いもの食べたいから、どっか寄ろ」
『おっけー、調べとく。それじゃ、頑張れ』
佐和なら大丈夫だから、と最後に言われて電話は切れた。直後、メッセージアプリの通知が現れる。どうやら甘いものの候補らしかった。
「ふふ、早くない?」
親戚の集まりなのも忘れ、私は甘いもの候補を眺める。
2人で行くならどこが良いかな、と考える時間が私はとても幸せだった。

1/3/2024, 1:24:18 PM

あたしは今、狭く暗い部屋に閉じ込められている。
もう何日経ったか分からない。閉じ込められたのは昨日だったかもしれないし、何十年も前だったかもしれない。
一つ確かなのは、しばらく光を見ていないことだった。
時折部屋の外で声はするのだけど、あたしを出してくれる気配はない。

そんなある日、部屋が大きく揺れた。グラグラ、ガタン。長い揺れの後に何かが外れる音がして、薄らと日の光が差す。そこから、暗い部屋はどんどん明るくなっていく。
あの音は日の出の合図だったんだわ。きっとそう。あたし、外に出られるんだわ。また日の光を浴びれるんだわ。
期待に胸をふくらませて、日の光と共に伸びてきた神様の手に包まれる。

「うわ、なつかしー。なんだっけ、ハルちゃん? こんなとこにしまってたんだ」

神様はあたしを抱き上げる。
高い位置から、地上が見える。ピンクの大地、白い島、神様が座る赤い椅子。
あたしをハルちゃんと呼んだ神様は、ガサガサと音の鳴る空間へあたしを放った。
「でももういらないし、捨てていいよね」
神様があたしを見て笑う。

なるほど、ここがあたしの新居なのね。狭くて暗い部屋から出られて、本当に良かったわ。ありがとう神様。

1/2/2024, 11:55:04 AM

餅を焼いていたら、生徒から電話がかかってきた。
『せんせえ、あけおめー』
「なんで俺の番号知ってんだ、お前」
『連絡網で見た』
ぷっくり膨らんだ餅から、ぷすーと空気が抜ける。
連絡網か。それは盲点だった。
「……まあいいや。正月早々、何の用だ?」
『今なにしてるかなーって思って』
「餅焼いてる」
ふはっ、と電話の先で笑い声がする。
餅を皿に移したところで、今から行っていい? とのんびり問われる。今から?
「家族と過ごさなくて良いのか?」
『今年は先生と過ごす時間を増やそうと思ってるから〜』
質問に答えられていない。俺はお前の抱負を聞いてるんじゃない。
来るな、と言いながら、餅に砂糖醤油を付ける。
『えー』
母音を伸ばして、しばらく黙った後、電話が切れた。ぷつ、ツーツー。生徒の声はもう聞こえない。
真っ暗になった画面を見つめて、溜め息をつく。気まぐれな猫のような生徒だ。関わらないのが吉。
「餅食べるかー」
ソファーに座って餅を食べる準備を終えた時、インターホンが鳴った。宅配か何かを頼んでいたっけ、と首を傾げてとにかく玄関まで行く。
「はーい」
扉を開けると、そこには先程まで喋っていた生徒が立っていた。
「来るなって言われても、もう着いちゃったし」
真っ暗な画面のスマホを振って、にひ、と笑う。
コイツには関わらないのが吉。じゃあ関わったら、今年はどっちに転ぶだろうか。
「お前のそういうとこ、嫌いだよ」
外は風も吹いていて寒い。とりあえず、二人で餅でも食べながら考えることにしよう。

1/1/2024, 1:15:52 PM

「新年新年って言うけどさ、ぶっちゃけ年明けって実感ある?」
ソファーに寝転がり、スマホを片手で操作する同居人が、突然そんなことを言い出した。
僕は明日の雑煮の準備をする手を止めて、んー、と唸る。
「ないかな」
「だよね! 結局、いつも通り日付が変わるだけじゃん? それなのに、新しい年になったって、人類がみんな認識してるの怖くない?」
「一種の洗脳みたいな?」
「そうそれ! さすが分かってる!」
ぐるんと仰向けになって、スマホを持っていない手で親指を立てる。そりゃあ、十年も一緒に住んでいれば、ある程度言いたいことは分かるってものだ。僕も親指を立てて、笑ってみせる。
「だから、元日を迎えても私はあの言葉、言わないから! 洗脳には屈しないぞ!」
「どうぞご自由に」
テレビではもう年末番組の司会者がカウントダウンを始めている。
3、2、1……クラッカーが鳴り、画面がキラキラのテープで埋まる。「あけましておめでとうございます!」と司会者が歯を見せて笑った。
僕は同居人に近付く。
「あけましておめでとう。今年もよろしく」
同居人はスマホから僕へ視線を移した。
「うん、あけおめー。よろしく…………ってああ! 言っちゃった!」
「ははっ、見事に洗脳に負けたね」
「くそー……わざとでしょ!」
「さあ?」
来年こそはっ、と頬をふくらませる同居人。
実は毎年似たようなやり取りをしていて、毎年洗脳に屈しているのだと、そろそろ教えてあげた方が良いのだろうか。

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